「……」

窓の外をちらりと見て、犬夜叉は小さく息をつく。

久しぶりに帰りたいというかごめについて現代までやってきたのだが、学校にはついてくるなと念を押され、渋々家で待つ事にしていた。
が、午後を過ぎて一雨来そうな怪しい空模様に、気付けばかごめの部屋の窓を飛び出していた。


何度となく通った道筋を辿り、着いた先にかごめが通う「学校」があった。
門からしばらく行くと広い庭のようなところがあり、かごめとその仲間と思われる女達が楽しげに球のようなものを放り投げているのが見えた。
声をかけようとして、犬夜叉は一瞬躊躇する。

よく見ると、かごめとその仲間達はありえない程短い布っきれを腰につけているのだった。
黒っぽいその布っきれからスラリと伸びた長い足。
しかもかごめは髪を高い位置で縛っていて、動くたびに白いうなじが見え隠れするその姿は、犬夜叉をひどく落ち着かなくさせた。

いつもなら力づくで連れ去り、小言の一つや二つ言うところだが、あまりにもかごめが無邪気に笑っているのを見て、しばらく眺めていたい気分になっていた。

その時、かごめに男が近寄って来た。
犬夜叉は途端に険しい表情になり、じっと見守る。
もしかごめに何かしようものなら、ただじゃおかないと身構えていると、その男はかごめに話しかけたかと思うと、何やら包みを渡して去って行った。

かごめとその仲間達が包みを開けると、中から出てきたのは青竹を半分に割ったもので、犬夜叉はなんだか肩透かしを食らう。

「…何だったんだ?」

首をかしげながらかごめに近づくと、周りの仲間達の声が耳に届く。

「…もう、北条君たら、バレバレよね〜かごめに気があるの」
「ほんと、でも健気だから、付き合ってあげたら?また映画誘われてんでしょ?」
「そうそう、もう二股男なんてフッちゃいなよ〜」

犬夜叉の足が止まる。

…かごめに気がある?
付き合う…だぁ?
…二股男…?

犬夜叉は頭の中で言葉を繰り返す。
するとかごめの声が聞こえてきた。

「えっ北条君は…心配してくれてるだけで…」

まんざらでもなさそうなその声に、犬夜叉の心の底がザワリと音を立てる。

「映画も一度行ったけど…なんかやっぱアイツの事ばっか考えちゃって全然頭に
入らなかったし」

続いたかごめの言葉に犬夜叉の耳がぴくりと反応する。

…アイツって…

「あー…だよね、かごめはあの赤い着物着た彼の事ばっかだもんね〜」
「…ちょっ違うわよっ犬夜叉の事は…っ」
「…あれ?かごめ、彼、その犬夜叉君じゃない?」

言われて振り返るかごめと目が合う。
途端に血相を変えて走ってくるかごめに腕を引かれ、押し込められたのはどっかの部屋。

「…はぁっはぁっ…あんた…何してんの…よっ…はぁっ」

息を整えながら、かごめが目を吊り上げて言う。

「…雨、降りそうだったから…来てやったんでぇ…」

犬夜叉は目線を逸らしながら拗ねたように呟く。
普段なら大声で怒鳴り返す犬夜叉が静かなものだから、かごめは目を丸くする。

「…え…何よ…いつもと違うじゃない。…ってかまだ学校終わってないし…」

言いながら、かごめは着ているものの裾をぐいと引いて伸ばそうとする。

「…隠すんなら、そんな短けぇの穿いてんなよ」

犬夜叉がボソリと言う。

「な…っしょうがないでしょっ体育の時は着る決まりなんだからっ」

かごめが赤くなって反論する。

「…」

「…何よ…なんで黙るのよ」

かごめが犬夜叉の方に一歩踏み出そうとした時、犬夜叉が顔を上げ、真っ直ぐにかごめをみつめてきた。

「…さっきの話…おれの事ばっか考えてるって…言ってたよな?」

ストレート過ぎる問いかけにかごめの心臓が跳ね上がる。

「きっ聞いてたの!?…違うからっ私はべ、別に…」

語尾が消えそうなほど掠れ、かごめの頬がさらに赤くなる。
その様子があまりにも可愛くて、犬夜叉は意地悪をしたくなる。

かごめに近づくと、肩を掴んでこちらを向かせる。
驚いて大きく開くかごめの瞳は小さく揺れていた。

「…なぁ、かごめ…おれの事…」

キーンコーンカーン…

言いかけた言葉は突然鳴り響く音によってかき消され、途端にかごめは金縛りが解けたように犬夜叉の手を振りほどく。

「チャイム鳴っちゃった!私ボール片付けないといけないのにっ」

言うなり走り出し、部屋の扉の前ではたと立ち止まるとくるりと犬夜叉の方を向き再度念を押す。

「…いい?この部屋から出ないでよっ終わったら私がこっちに来るから!」

バタンッ

勢いよく扉を閉めた後に走り去って行く足音が響く。

犬夜叉は長いため息をつく。
先ほど間近で見たかごめの赤い顔が頭をよぎる。

…後でかごめにもう一度聞いてみるか…

そんな事を考えながら打ち消すように首を振り、ふと窓の外を見やると、今しがた出て行ったかごめが仲間達のもとに走り寄る姿が見えた。
本人が気付かないのをいいことに、犬夜叉は改めてかごめをみつめる。
長い足から短い黒布へと視線を移し、さらに上にいくとツンと突き出した胸…
遠目でもわかるくらい、均整のとれたからだを犬夜叉は見るともなしに目で追う。

「…やっぱ、ありえねぇくれぇ短けぇ…」

勝手にこぼれた独り言が、なんだかひどくばかばかしく思えて、犬夜叉は短く舌打ちをする。

犬夜叉はふと顔を上げ、鼻をひくひくさせると、空を見上げた。
一つ、また一つと雨の雫が窓を叩き、いきなりザーっと音を立てて大雨が降ってきた。
外から女達の奇声が上がる。

「…言わんこっちゃねぇ」

バタバタと建物に逃げ込む集団の中でも、犬夜叉は容易にかごめを見つけ出す事ができた。
その後ろ姿が屋内へと消えていくまで見届けると、犬夜叉はほぅっと一息つく。

かごめはまだ当分ここには来ないだろう。
益々激しくなる雨足に恨めしそうに空を睨む。
帰りの事を考えて、犬夜叉はまた深いため息をついた。


END



駄文置き場へ戻る

TOPへ戻る