第三話
  

      その時----……
 


     「あ〜っいたいたっ鋼牙!やっと追いついたぜ」

     「あなたたち…」
     「あっかごめ姐さんどーもッス」

     緊迫した空気に場違いな明るい声で、妖狼族の仲間二人が走り寄ってきた。

     「一体どーしたんだ鋼牙〜。今日は西の穴の仲間ンとこ行くんだろー。」
     「チッ…そうだったな…。アイツら荒い連中ンとこにかごめは連れて行けねぇ…」
     鋼牙は忌々しげに舌打ちした。
   
     腕を振り上げる瞬間、漂ってきた仲間の匂いに気をとられ、とっくに戦意を削がれていた。

     「ケッ命拾いしたな犬っころ。もうしばらくかごめを預けといてやるぜ。今度泣かせたら殺す。
      んじゃ、悪ぃなかごめ」

     言うだけ言って、鋼牙はまた猛スピードで走り去って行った。

     「待ちやがれっ!」

     犬夜叉が叫んだところで鋼牙はもういない。

     「鋼牙〜待ってくれよ〜」
     「じゃ、姐さん失礼します〜」
     後から仲間二人も追いかけて行く。

     コケにされた犬夜叉は、怒りで震えていた。

     「犬夜っ…」
     かごめが声をかけた瞬間、犬夜叉に抱きすくめられ、唇を塞がれた。

     「っんっ!?」
     「ヤツに何かされたのか!?どこに触れた?ここか!ここもか!」

     犬夜叉は完全に頭に血が上っていた。
     両手でかごめの自由を奪い、硬い地面に押し付けるように覆い被さる。

     「痛っ…犬夜叉っ落ち着…」
     「うるせぇっ!」

     かごめの言葉は最後まで言い終わらぬうちに、犬夜叉の唇に絡めとられた。
     そのまま犬夜叉の舌はかごめの舌を捉えて、容赦なく貪る。
     息ができず、かごめは顔を背けた。

     「逃げんじゃねぇ…」
     低く言い、片手でかごめの両手首を掴み直すと、もう片方の手で尚も逃れようとする顎を捉えた。
     頭の芯がじんじんして理性など、とうに吹き飛んでいた。

     「…お前は…男に無防備すぎる…っ」
     更に激しく唇を塞ぐ。

     「んんっっ」

     鼻にかかった苦しそうなかごめの喘ぎも、犬夜叉の激情に追い討ちをかけるだけだった。
     
     誰に対しても無防備さを曝け出すかごめに腹が立っていた。でも、それは自分勝手な独占欲で、
     結局、自分も他の男と変わらない…かごめが欲しいのだ…

     顎を押さえていた手を放し、セーラー服の裾から手を滑り込ませると、かごめの身体がビクンと跳ねた。
     塞いでいた唇は顎の線を辿り、首筋でうごめく。

     「い…ぬやっ…」
     「かごめ…」

     いつでもどんな時でも、かごめを感じていたかった。
     手を伸ばせば届く距離にいる…それで安心していた。

     が、もう、他の男の目に晒したくない。
     ここよりもっと遠くの誰も寄り付かない所に連れ去り、いっそ閉じ込めてしまおうか…
 

     「かごめ…お前はおれの…っ…この命も全て…っ」
 

     …無意識に口から零れた言葉に犬夜叉自身、はっとした。
 

     そして、気付いてしまった…。
 

     『犬夜叉…お前の命は私のものだ…』
 

     あの日、かの巫女に言われた言葉-----……
 

     『ならば、お前の命はおれのものだ』
 

     そう、自分も言った言葉……

     かごめと居るこんな時でさえ、思い出してしまう。そして、忘れることは…ない…。
   
 

     「犬夜叉?」

     呆然とする犬夜叉のその表情から、瞬時にわかってしまった。
     今、彼の思考を占めているのはー……

     「……」

     やはり、桔梗にはかなわない…

     くじけそうな気持ちを隠すため、目を逸らすのが精一杯だった。
     犬夜叉の目をみたら、きっと泣いてしまう…

     「かごめ…」

     かごめの様子に気付き、顔を覗き込もうとする。

     「…やっ…」

     かごめは両手で顔を覆う。

     また、傷つけてしまった---……。大切にしたいのに。護りたいのに---…!

     確かに、今、脳裏にあるのは桔梗の事…

   
     奈落の罠に嵌ったとはいえ、自分は桔梗に負い目がある。

     桔梗を信じてやれなかったから……。

     …いや、違う。
     50年の時を超え、桔梗と再び出逢ったあの時、すでにかごめが傍にいて…。


     …最初はかごめのくるくる変わる表情や、勝気な性格が気になって…いつも目で追っていた。
     そして、自分の命をなげうってでも、護りたいと思うようになり、気付けば、狂おしいくらいに愛していた。

     桔梗に対して、昔と同じ想いでいられないこの気持ちこそ、負い目なのだ。

     桔梗は今も変わらず---……。



     ……忘れる事など、できるはずもない…。

     …それは、淡い想いを抱いていた巫女への哀惜か…憐憫か……
     己を苛(さいな)むは、 悔恨であり、刻み付けた…自責の念に他ならない。

     …いつかは報いなければならないであろう……それを、望むのならば……
     ……その時は…この少女との別れを意味するのであろうか……
     
      本当は、愛しい少女と過ごすこの時を、温もりを、失いたくはない…!
     

     -----------------ずっとそばにいる----------------……

     少女はそう言って笑ってくれた。

     だが、赦されぬのなら、やがて訪れるであろうその瞬間まで、同じ時を共に生きていたい。
     一緒にいられるこの時を大事にしたい。
     少女の笑顔を一瞬たりとも曇らせたくはない-------…!

 

     「かごめ…こっち向けよ…」

     どうすれば、この想いが伝わるのか…。どうすれば、笑顔を向けてくれるのか…

     かごめの両手を優しく掴み、顔を露にし、唇を寄せる。

     「いやっ」
     「かごめ…」
     「桔梗…の代わりはいやっ…」
     「なっ!?代…わりなんかじゃねぇっ」

     「…わかってる…よ…?犬夜叉、今でも…桔梗の事が好きなんでしょ…?」
     「おまえっ何言って…っ」
     「私と居るより、桔梗と居たいんなら…っ」
     
     突然、掴まれていた両手に痛みが走り、かごめは口を噤んだ。

     「…わかってる……だ?…おまえ…ちっともわかってねぇ……」
   
     更に力が込められ、かごめは痛みで顔を歪めた。

     「…だっ…て…犬夜叉…何も…言ってくれないじゃないっ」

     …こんな事言うつもりじゃなかった…でも、気持ちが溢れて、止められないーー…
     …言葉が欲しかっただけ…本当の気持ちを…犬夜叉の口から…
 

     「…おれが…どれだけ…お前を……っ」
     

     犬夜叉は一瞬哀しい目をして、掴んでいた手を自由にした。
  
     そして、そっとかごめの頬に指の背で触れた。


     「…言葉じゃ…足りねぇ…から…」
     愛しげに線をなぞる。

     「かごめがいねぇと…おれはだめなんだ…息が…できねぇ……」
 

     ---……充分だった。ざわめき立っていた心が…凪いでいく----……

     ぎこちない動作と不器用な言葉…それがこの半妖の少年の精一杯の愛情表現---……
     本当は、わかっていたではないか。いつも護られてきたではないか。力強い腕のなかで----。

     …気付いていたのに…

     嫉妬に心を奪われ、ただ、言葉が欲しくて…確かめたくて---…!
     独占したくて……。甘えて…そして傷つけて----…!

     「かごめ…?」

     黙り込んでしまったかごめを心配し、顔を覗き込む。

     「…息できないなんて…大袈裟よ…」

     かごめは泣きそうな顔で犬夜叉の瞳を見上げた。

     「…もう、あんな事言うな…おれを…信じろよ…」

     犬夜叉は優しい瞳でみつめ返す。

     「信じてる……ごめんね…」

     「……だったら、笑ってくんねぇか」
 


     「……プッ…」
     一瞬の間があり、かごめが笑い出した。

     「笑ってって言われて、急に笑えないよっ」

     「…笑ってんじゃねぇーか」

     「ふふっほんとだ」

     「…おれ、お前の笑顔が好きだ」

     犬夜叉が真っ直ぐな瞳で言う。

     「…笑顔……だけ?」

     そう言っていたずらっぽく笑う顔がたまらなく愛しい…

     ああ、そうだ…いつだってかごめの笑顔に救われてきた。この笑顔が自分一人に向けられるものならばと
     何度思ったことか…。そして、護っていきたいと---……。
     叶うなら…これから先も、変わらず傍で……。

   
     輪郭をなぞっていた指は、そっと柔らかな唇へと辿りつく。

     愛しくて…ただ愛しくて。全身全霊をかけて、愛さずにはいられない。
     そっとかごめを抱きしめた…。
     腕の中の贅沢な温もりを感じながら、このまま時が止まればいいと思った---…。

     「かごめ…」

     …名を口にしただけで、甘美な疼きが湧き上がる…。

     首を傾けかごめに口づけ、舌を割り入れると、かごめもそれに応えるように遠慮がちに舌を絡ませてくる。
     

     静まり返った洞窟内に、二人の唇が触れ合う音と息遣いだけが響いていた。

 

   
     「珊瑚、そっちはどうでした?」
     「だめ、やっぱりいないよ。二人ともどこいっちゃったんだろ?」

     村では弥勒と珊瑚が二人の不在に気付き、心配していた。
     「今日は朔の日じゃろ?」
     七宝も心配気に言う。

     「法師様、空から捜そうっ」

     珊瑚、弥勒、七宝を背に乗せて、雲母が空へと翔け上がる。
     しかし、ただ闇雲に捜したところで、徒労に終わるだけだ。
     何か手がかりは、と見回すと、遥か前方につむじ風が見えた。
     「あれは…」
  
     つむじ風は途中で方向を変えたが、後から見覚えある二人が走ってくる。
     「あれは、確か妖狼族の…。」
     近くへ降りてみる。

     「あーーっかごめ姐さんの連れの…!」
     「ちょ〜どよかったぁ〜」

     「私達に何か用が?」
     弥勒が尋ねた。
     「おれ達鋼牙に言われて来たんだけど」
     「かごめ姐さんが危ないから早く行ってやれって…」
     「かごめ様が危ない!?犬夜叉は一緒じゃないのか?」
     弥勒と珊瑚、七宝も身を乗り出す。
     「…一緒だったけど…とにかく鋼牙が姐さんの仲間に知らせろって…」
   
     「…場所は?」

 

 

     いつしか美しい銀の髪は漆黒に、その瞳も深い闇の色へと変わっていた。

     「あ…もう、夜なんだ…」
     かごめが犬夜叉をみつめて呟く。

     永い口づけを交わし、二人地面に横たわったまま、見つめ合っていた。

     「すまねぇかごめ…」
     「え…何が…?」
     「こんなとこ…連れて来ちまって…」
     バツが悪そうに呟やく犬夜叉は、なんだか素直で、かわいいとさえ思える。
 
     「ううん。私は別に…でも、皆心配してるよね。早く帰らないと…」

     このまま二人でこうしていたい。だが、例え帰ろうとしたところで…帰れないのが現状であった。。
     妖力がある時は軽々飛び越えた山々も、今となっては…。

     「悪ぃ…」
     更にバツが悪そうに言う。
     「いいってば」
     「それに、おれが一人にしたから…痩せ狼に…」
     「ああ、その事ね…」
     「…その事ってサラッと言いやがって…嫌じゃなかったのかっ!」
     「…またすぐ怒る…」
     「だいたいおめぇはなぁー…」

     言いながら犬夜叉はかごめのセーラー服のスカーフをシュルッと引き抜いた。

     「犬や…」
     「…アイツにもう甘い顔すんな」
     「別に私…っ」
     「…アイツだけじゃねぇっ今までだってどれだけのヤローがお前を…」

     -------------欲しいと思ってたか、お前は知らねぇだろ……----------------

     お前がどれだけ男をそそるのか……。どれだけ欲望を焚きつけるか………

     「おれの…我慢はも…ぅ…」
     セーラー服の止め具に手をかける。
     「限…界だ…っ」

     かごめの首にゆっくりと舌を這わせ、うなじに軽く歯を立てる。
     「やっ…」
     かごめは反射的に身を硬くする。

     髪の生え際についばむように口づけると、立ち上る優しい香りに、我を失いそうになる。
     服の裾から手を這わせ、柔らかな双丘に円を描くように触れると、かごめの切な気な吐息がもれた。
     もう一方の手も曲線を楽しむようにゆっくりと下へと這わせ、白い太腿にたどり着く。
     内側に触れると、羞恥のため閉じられる膝に、かまわず自分の片膝を割って入る。

     この山奥の洞窟では、もう邪魔するものは何もない。朝までここで二人きりなのだ。
     抑えていた感情の箍(たが)が外れ、もう、かごめの事しか考えられなかった。
     ただ…かごめが欲しかった…。
     己の欲望のまま、ただ貪欲にかごめが----……

     犬夜叉は、かごめの短いスカートに手をかけた。
 

     その時だった。

     「かごめーーっ!」
     叫びながら駆けて来たのは七宝だった。弥勒、珊瑚、雲母も後に続く。

     「!!!!」

     地面に横たわっていた二人はすぐさま跳ね起きた。

     「かごめっ大丈夫じゃったか?」

     七宝が犬夜叉の頭を踏み越え、かごめの胸に飛び込む。

     「七宝ちゃんっ弥勒様っ珊瑚ちゃん!」
     「かごめ様、ご無事のようで…」
     弥勒が安堵した顔で言う。
     「えっ?」
     「先程、かごめ様の危機を私達に知らせるよう鋼牙に言われたと、妖狼族の二人が案内してくれたんです」

     (…あんのヤロー…)

     犬夜叉は一人舌打ちした。

     「なるほど…犬夜叉と二人っきりだから危ないと鋼牙は言ったんじゃな」
     地面に落ちている赤い布を見ながら七宝が頷く。

     ゴスッ

     「なにするんじゃーーー!」
     犬夜叉に殴られた七宝が食って掛かる。
     「元はと言えば、犬夜叉の器の小ささが招いた事じゃろがーー!」

     「ぐっ…」

     「七宝、もういいではないですか。かごめ様もご無事のようですし。ささっ戻りましょう」
     弥勒が場を収める。
     「そうだよ、みんなお腹もすいたろ?夕餉の支度はできているから」
     珊瑚も助け舟を出す。
     「おぉ!そうでした。珊瑚が旨そうな大根を煮てくれていましたね。この大根がまた見事で
     川の近くに転がっていたのですが…」

     ピキッ

     犬夜叉のこめかみに青筋が浮かんだ。

     「わ…わー楽しみ!珊瑚ちゃんごめんね、任せちゃって。みんなごめんね、心配かけちゃって」
     かごめがすまなそうに言った。

     「さっ戻ろうっ七宝も変身して」

     珊瑚が皆を促しながら、かごめにそっと耳打ちする。
     「ごめん、かごめちゃん。邪魔しちゃったみたいだね」
     「さっ珊瑚ちゃんっ」
     耳まで真っ赤になったかごめはスカーフを拾い、衣服を整えた。

     仲間が先を行くなか、弥勒が後ろを歩く犬夜叉に近寄り耳打ちする。
     「…私達が無粋な事をしたようで……それともすでにかごめ様と…?」
     「…何、想像してやがる…」
     犬夜叉がジロリと弥勒を睨む。
     「ま、夜はまだまだ長い…。今宵は私達は何があっても起きない事にしますから…」
     「てめ…面白がってんだろ」

     「おらは寝ずにかごめの番をするぞっ残念じゃったなっ」
     いつの間の来たのか、七宝が犬夜叉の肩に乗って言った。
     「…おまえらな…おれをケダモノみてぇに…」
     「どーせ今晩狙っとったんじゃろっお見通しじゃっ」

     ゴスッ!

     「なにするんじゃーーー!!」

     後方での賑やかなやり取りに苦笑しながら、かごめはなんだか名残惜し気に洞窟を後にしたのだった。
 

                                〜 終わり〜

 

あとがき
なんとか終わりました。結構長かったですね。そして、やはりギャグでした。
シリアスにしたくても、いつの間にやら誤魔化しちゃうんです…。
「その時ーー」ってしつこかったですね…。使いすぎました。
かごちゃん、犬君の両視点で書いちゃったので、わかりにくかったと
思います。すみません。犬君の、桔梗への罪の意識を強調してますが、
あくまで、犬君の優しさを強調したかっただけです。
桔梗と共にあの世へ逝くという最終回だけは絶対見たくない…。ありえない。
それだけは、本当に勘弁してください。お願いします(誰に言ってんだ?)。
…ちなみに、大根使用許可済み(笑)です。大根の力を借りて、やっと
収拾することができました。ありがとうございました。ひょんな事から生まれたこの
『パラサイト小説』ですが、ここまで読んでくださった方、本当に感謝です。
ありがとうございました。
みらの

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