もっとギラギラする日








 だれかが言っていた。酒は呑んでも呑まれるな。たまには良いことを言う人間もいるもんだ。脳裏に浮かぶのは夏の一夜のほろ苦さ。
学習はした。犬夜叉は手にした甕を見つめてにやりと笑った。


 かごめが待っているはずの家には誰もいなかった。もう日は落ちている。犬夜叉はすん、と鼻を鳴らした。
空気が冷え切っていてかなり前から不在らしいことが分かる。

「チッ。せっかく早く帰ったのによ。」

 楓のところで手伝いをしているのかもしれない。犬夜叉は逸る気持ちを抑えて社へと飛んだ。

「なんじゃ犬夜叉か。法師殿と隣村に妖怪退治に行っておったんじゃなかったか?」
「そんなもんとっくに終わった。楓ばばあ、かごめはどこだ?」
「かごめは禊に行っておる。」
「禊!? この時季にか?」
「わしも止めたんじゃが…。どうしても、と…。」
「あいつバカじゃねえのか!?」

 禊と聞いて犬夜叉はすぐに飛び出した。楓の家の後ろにある社。そのまた裏山には禊に使う滝がある。小さな滝ではあるが白い装束1枚で
水に打たれることは苦行だ。
 かごめは胸の前で手を合わせて必死に耐えているように見えた。犬夜叉はもう少し遅ければ止めるところだったが、少しするとかごめは手を
解くと静かに水から上がってきた。1歩足を踏み出した後ぐらりとその身体が傾く。

「かごめ!」
「あ…犬、夜叉…?」
「大丈夫か?」
「う、ん…。」
「ったく…おまえは…。」

 犬夜叉は緋色の衣を脱ぐとかごめに掛けた。かごめの身体は小刻みに震えが続いていて顔色は蒼白になっていた。衣にくるむようにして
家へと戻る。

「やっと震えは止まったか…。なんでこんな真冬に禊なんてしやがるんだ?」

 犬夜叉は膝の上に抱えたかごめを見つめてほっと息を吐いた。かごめが目を開ける。

「平気か?」
「うん…。犬夜叉は? 早かったのね。怪我とかしなかった? 弥勒さまも無事?」
「あたりめぇだ。たいした妖怪じゃねえ。お前はいつも人のことばっかだな。ったく…こんな無茶しやがって。」
「あたしは大丈夫よ。…でも良かった、無事に帰ってきてくれて。おかえりなさい、犬夜叉。」
「おう…。寒くねえか?」
「ちょっとだけ。」

 犬夜叉は寄りかかっていた甕の中身を杯に注いでかごめの手に持たせた。





「礼だってもらった蜜酒だ。すぐあったまるだろ。」
「お酒?」
「たいしたことねえよ。少しなら平気だろ。」

 かごめはちょっと迷っているようだったが杯に口をつけた。手にした杯からは花の香りが漂う。

「…甘くて美味しいね。」
「俺はこっち。」
「えっ!? 犬夜叉は呑んじゃダメよ!」
「何でだ?」
「だって…。」

 犬夜叉は甕にそのまま口をつけ思いっきり煽った。待ちきれなかったと言ったほうがいいか。かごめの足の間に挟み込んだ自らの膝の
せいでかごめの足は無防備に投げ出されている。
 濡れてしまっていた巫女装束は脱がせてあるので今のかごめは緋鼠の衣一枚を纏っている状態。その衣も上衣だけのため裾部分が
かなり心もとない。犬夜叉の目は白い足から離せなかった。かごめは酒を口にして機嫌がいいのか足首に置く手も気にならないようだった。

「あーっ、本当に呑んじゃった…。」
「うるせぇな。ごちゃごちゃ言うんじゃねえ。それより…寒いんだよな?」
「え…?」

 かごめの頬に銀色の影がかかる。犬夜叉の顔が近づき優しくかごめの唇に触れた。まだ冷たい唇を一舐めして深く合わせる。

「ん…ッ。」

 甘い香りとともにかごめが吐息を漏らした。奥にいた舌を誘い出して柔らかく絡めるとまた鼻にかかった息が漏れる。

 微かに薫る花の芳香か酒の力か。酔わされる。犬夜叉は口の端をあげた。赤く濡れたかごめの唇を食みながら衣の裾に手を入れると
かごめの身体が小さく戦慄いた。





「まだ…冷てえな。」
「ッ、んん…。犬…夜叉…。」
「暖めてやる。」

 襟元を肌蹴ると緋色の衣は衣擦れの音とともにかごめの肩から滑り落ちた。細い肩が露になる。
薪の火が揺らめいて白い肌にほんのりと赤く映る。ほんの好奇心だった。犬夜叉はかごめの肩口に牙を立てると噛み付いた。

「アッ…。」

 白く薄い皮膚に鮮やかな赤い花が浮かぶ。目にした犬夜叉の背中をぞくりと何かが走った。
咲いた赤花の上を指でなぞるとかごめが身を捩る。

「まだ寒いか?」
「ううん…なんか、変な感じが…。んッ。」

 舌先で肩を何度も往復する。ざらりとした熱がかごめの奥深くにも届き始めていた。犬夜叉の右手は衣の裾に潜ったまま
かごめの太腿に置かれゆっくりと焦らすように動いた。

「んんッ…。や、」

 抵抗のつもりか足を閉じようとするのも犬夜叉から見ればもどかしくその先の手の動きを期待しているように見える。

「嫌か?」
「…嫌…じゃない…けど…。」

 恥ずかしい、俯いて顔を隠すように漏らされた言葉に犬夜叉の熱も急激に上がった。

「俺しか見てねぇから隠すな。」

 かごめの足の付け根、奥にしっとりと濡れ始めていた場所。そこに犬夜叉は優しく触れた。触れるか触れないか極軽く。
爪を引っ掛けないようにそろりと撫でるように指を動かす。

「ッ、あ…んんッ。」

 犬夜叉の肩を掴む手に力が込められる。必死に耐えるようにかごめの目尻には涙が浮かんだ。犬夜叉は光る目元に
唇を落とす。しょっぱい粒を掬い取ると舌先で上唇を舐めて濡らした。

「かごめ、我慢すんな。」
「ッ、は…。も、ダメ…。」
「いいぜ。いけよ。」

 犬夜叉は撫でるように動かしていた指先を深く埋め込んだ。

「アッ…!」

 かごめの背がしなる。眼前に反らされた喉に黒髪が流れ落ちて犬夜叉は綺麗だと思った。
かごめはそのままくたりと犬夜叉に凭れて眼を閉じてしまった。呼吸が落ち着いたのを見計らってかごめの前髪をかきあげる。

「大丈夫か? おい、かご…。」

 そこには既視感を覚えるかごめの姿が。静かな呼吸の合間に聞こえてきたのは穏やかな寝息。

「は? ほんの1杯だぜ?」

 呟いてみても返答はなく、腹が立つほど安らかな寝顔を浮かべるかごめに犬夜叉はただ呆然とその身体を抱き留めるだけだった。

「どうすんだこれ?」

 夏の仕返しのつもりだった。あの手この手で一人で盛り上がった結果の空しさと現実的にすぐには治まりのつきそうにない自分の
正直すぎる体をこの後どうするか、考えただけで居たたまれない。犬夜叉はかごめを腕に抱いたまま杯を何度も甕から往復させた。






「…しゃ! 犬夜叉!」
「あー…?」

 犬夜叉が眼を開けるとかごめが心配そうに覗き込んでいた。

「大丈夫? すごくうなされてたけど…。」
「誰のせいだ…。」
「え、何?」
「なんでもねえよ。」
「あの…なんか昨日…あたしよく覚えてないんだけど…。お酒呑んで寝ちゃった…?」

 犬夜叉の衣を着たままだったから昨夜の大方の流れは思い出したのか、かごめは申し訳なさそうに小声で言った。それが余計に
犬夜叉の不機嫌さを増長させる。

「あぁ、寝たな。すぐに寝た。」
「ご、ごめんね。あの…。」
「許さねえ。」

 剣を含んだ低い声にかごめが何も言えないでいると犬夜叉は起き上がってかごめを抱き寄せた。

「今日一日俺に付き合え。」
「…う、うん。」

 思いついたことを言っただけだったが、溜まった鬱憤が晴れる時がすぐ目の前に降って下りてきた。
悪夢のような夜を過ごしてようやく犬夜叉は小さく笑んだ。




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