【願い】
「良かったぁ〜、雨にならなくて♪」
降る様な星空の下、その手の中に星を掴もうとす
るかの如く、少女はのびやかにその肢体を伸ばす。
「けっ、何だってんだよ、こんな時間に散歩なんて―」
はしゃぐ少女の背後から、不機嫌そうな声が聞こえる。
そんな声も耳に届いてないのか、かごめは相変わ
らず夜空を見上げたまま、上機嫌で歩いて行く。
「すっご〜い♪こんなに綺麗に天の川が見れるな
んて…きっとあの二人も会えるよね」
「…あの二人って‥誰だよ?」
「うん‥あのね…Σきゃっ!?」
上ばかり見ていたせいか、足元に転がる石ころに
躓(つまづ)き、かごめの身体が一瞬浮いた。
「Σ危ねぇっ!!」
無論、素早く動いた犬夜叉の腕に抱きとめられ、
ホッと息を吐く。
「あ、ありがと///」
「ったく、馬鹿みてぇに上向いて歩いてるから…おら、此処に座れ!」
軽く少女を抱き上げたと思ったら、大きな岩の上
にその身を下ろす。
そして自分もその横に腰を下ろし、腕を枕に寝転
ろぶと夜空を見上げたままぽつり呟く。
「さっき言い掛けた事…」
「えっ…?」
「誰と誰が会えるんだよ?」
「織姫と彦星よ!年に一度だけ逢う事を許された
のが今日7月7日なの。もし雨が降ってしまうとまた
来年にならないと逢えないのよ。」
「ふ〜ん、じゃ今夜は一年振りの逢瀬ってわけか」
見るともなしに空に目をやる犬夜叉
その金色の瞳をそっと盗み見るかごめからは先程
までの笑顔が消え、フッと目を曇らせやがて視線
を同じ上空へと向けた。
(桔梗の事考えてるの?たまにしか逢えないあの人
の事を―）
絆が確かな物だから傍に居なくても平気なの?
たった一晩でもひと時でも逢う事が出来る星の恋
人達の様に―
あたしは―
チラリと隣の少年に目を向けると、犬夜叉は目を
閉じ眠ってるのか起きてるのか窺うことは出来ない。
(あたしと居てもつまんないのかな?)
かごめは小さく溜め息を吐くと、また上空を見上げた。
その時一筋の光の流れが上から下へ落ちていくの
が見えた。
「あっ、流れ星!!」
かごめは咄嗟に両手を組もうとしたが、犬夜叉の
傍に置いてた左手が動けずにいた。
「い、犬夜叉///…離してよ」
見ればかごめの手の平に大きな自分の手を重ね、
だが相変わらず目は閉じたままその口を開く。
「‥またてめぇは願い事なんてする気だろ?」
「そうよ!だからお願い、手を離してった
らぁ〜…あぁ、もう消えちゃったじゃないの」
儚い星は口論してる間に視界から消え、後は動か
ぬ星々達が変わらぬ光を地上に届けている。
少々むくれ気味に頬を膨らましたかごめは、自分
の手に重ねられている犬夜叉の手を恨めしげに見
つめると、その無骨な手がやんわりと小さなかご
めの手を包み込む。
(い、犬夜叉///)
さして強い力ではないから振り解こうとすれば出
来た筈だが、滅多にない犬夜叉の行動にかごめは
頬を赤く染めながら、その手から目が離せなかった。
すると―
「あんなもんに願い事なんてしなくたってなぁ、
お前の願い事くらい俺が叶えてやる」
「え…?」
思いがけない犬夜叉の言葉に、かごめはピクッと
身体が反応し、視線を動かすと金色の瞳とかち合う。
金色の瞳は揺れる事なくかごめの朱に染まる顔を
映し、かごめは一層顔を赤くし、心臓のドキドキ
が止まらない。
やがて瞳に映る自分の姿がやけに近くハッキリ見
えて来たと思ったら、犬夜叉が上体を起しおでこ
がくっ付きそうな程顔を間近に寄せて来ていた。
「い、犬夜叉…///」
「お前の願い事って何だよ?」
「はぁ〜?」
「だから、どうせ大した事ねぇんだろ？言ってみろ!」
ニヤニヤしながらそう言う犬夜叉に、ガックリと
全身の緊張が抜けていくのを感じる。
「…あんた、分かんないくせに、あんな事言ったの?」
「あったりめぇだろ!言わなきゃ分からねぇって…♪」
面白そうに言う犬夜叉に、かごめはハァ〜と溜め
息を吐いた。
(はぁ〜、ドキドキして損した感じ)
折角甘い雰囲気になったと思ったのに、拍子抜け
たかごめは自由になった両手で膝を抱える。
「かごめ、どうしたんだよ?」
自分にそっぽを向いた少女を、振り向かせようと
細い肩に手を置く。
「……あたしの願いは」
「ぁあ？何だって?」
小さな声に犬耳をピクピク動かしながら頭を寄せていく。
スーッ
「Σあたしの願いは高校の受験に合格する事よっ!!」
思いっきり大きな声で犬耳に怒鳴りつけると、立
ち上がりスタスタと元来た方へと歩いて行く。
「て、て、てめぇ…」
残された犬夜叉は、頭に響き渡るかごめの声に耳
を押さえながら、よろよろとかごめの後を追いかける。
「Σくぉら〜、かごめっ!てめぇ…」
「何よ!あんたに叶えられる訳無いでしょ!!Σど
んな願いだと思ってたのよ!!」
歩みを止めかごめはクルリと振り返り、追いつい
てきた犬夜叉に捲し立てる。
するといきなり止まったかごめに危うくぶつかり
そうになり、犬夜叉は慌てて動きを止めようとし
たが、間に合わずかごめの顔が犬夜叉の胸元に入
り込んでしまった。
「キャッ!?」
「わ、悪ぃ‥。大丈夫か?」
ぶつかった鼻を摩るかごめの肩を掴み見下ろす
と、微かに潤んだ目が犬夜叉を見上げる。
「ん‥もぅ‥馬鹿っ犬!」
そう言いながら、つぶらな瞳からポロポロと涙が
零れだす。
「Σなっ!そ、そんな泣くほど痛くねぇだろ?
なっ、かごめ?」
突然の涙に、情けないほどオロオロしながら、袖
の口で頬を流れる滴を拭う。
大人しく涙を拭われるかごめは、ジッと犬夜叉の
顔を見つめる。
その視線に少し頬を赤らめながら、犬夜叉はポツ
リポツリと話し始めた。
「俺、てっきり同じだと思ってたんだ…」
「えっ…何が?」
「願い事だよ。俺と同じじゃねぇかなぁと思って
たんだよ」
「同じ…って…?」
見上げたかごめの上に銀の髪がハラハラと落ちて
きて、視界が暗くなる。
(え///）
前髪を掻き分けられ、柔らかなモノが触れる。
(な、な、何!?）
それが犬夜叉の唇だと分かると、かごめの顔が犬
夜叉の衣を反映したかの様に真っ赤になる。
一旦唇を離し、かごめの背中に腕を回して抱き寄
せると、黒髪に頬を摺り寄せる。
「ずっと‥かごめが傍に居て欲しいって願ってた」
「…犬夜叉///」
「俺の願い事、叶えてくれねぇのか?」
「………////」
思わぬ犬夜叉の言葉に、かごめはもう全身が真っ
赤になり言葉が出ない。
「‥かごめ?」
あまりに返事のないかごめに不安になったのか、
犬夜叉は自分に胸に俯く少女の顔を覗き込む。
すると―
≪フワッ≫
甘い匂いが犬夜叉の鼻腔一杯に広がったかと思う
と、頬にかごめの柔らかな唇が押し当てられる。
「叶えてあ・げ・る」
小さく囁くような声。
見ると真っ赤になったかごめが、衣をギュッと握
り締め、目を合わせるのも恥かしいのかまた俯こうとする。
だが犬夜叉は口元を緩めながら、かごめの顎に指
を掛けその顔を自分に向けさせた。
「何て言ったんだよ?小さくて耳まで届かねぇぞ」
明らかに楽しんでる犬夜叉の口振りに、かごめは
恥かしいやらムカつくやらで、意地になり犬耳を
掴もうと手を伸ばす。
(聞こえないなら大きな声で言ってやるわよ）
かごめが身体を伸ばし手を銀髪に隠れた犬耳に触
れようとすると、犬夜叉はかごめの後頭部に軽く
手で掴む。
「あ…っ///」
動けぬ顔に犬夜叉の端正な顔が近づき、閉じられ
た瞼をかごめは呆然と見ていた。
(犬夜叉ってば、睫長いんだ)
そして唇に先ほど額に触れた唇の感触を感じる
と、全身に電流が走った様にかごめの動きが止まった。
伸ばした手は犬耳に触れず、力なく落ちて犬夜叉の首に回る。
一度軽く触れて離した唇はすぐにどちらからとも
なく引き寄せられ、今度は深く長い口付けになる。
「…っふ‥い、犬‥や…しゃ」
名残惜しげに唇を離すと、かごめは身体から力が
抜けたのか、ズルズルと崩れ落ちようとする。
犬夜叉はかごめの腰に手を回し軽く抱き上げる
と、その場に胡坐をかいて座り、その膝の上にか
ごめを座らせる。
「大丈夫か?かごめ?」
心配そうに覗き込む犬夜叉に。かごめははにかみ
ながら首を縦に振る。
「ありがとう、犬夜叉」
「ん、何が?」
「あたしの願い叶えてくれて…」
「えっ!?お前の願いって…あれ?…え、そうか…ははっ///」
顔を紅くしながら照れたように笑う犬夜叉。
かごめはすっぽりと犬夜叉の腕に収まり、その胸
元に火照る頬を寄せた。
そっと自分の唇を指先で辿り、犬夜叉の顔を見上げる。
少し頬を紅くしながらも嬉しそうに笑ってる少年
の顔があった。
「犬夜叉…」
呟く声に、犬耳がピクッと動き、金色の瞳がかご
めを捉え近づいてくる。
近づく銀髪をスローモーションの様に見ながら、
その向こうでまた星が流れる。
もう願わなくても良いよね
犬夜叉の願いはあたしが
あたしの願いは犬夜叉が
叶えてくれるからー
だってこんな綺麗な金色の瞳に勝る星は知らない
やがて閉じられたかごめの瞼に、頬に犬夜叉の唇
が降り、甘い吐息が漏れる桜色の唇に辿り着く。
ずっと二人で―
��fin��