幸せの結末




 待ちかねたその瞬間は突然訪れた。

 ぴくり、と白銀の獣耳が小さな音と僅かな気配を拾う。

「ッ…!」

 ハッとして顔を上げるとすかさず一蹴り。高く跳躍して木々の間を抜ける。ほどなく辿りついた場所には見覚えのある井戸が現れていた。
あの日、かごめと共に消えた井戸が再びそこにあったのだ。
 その中から懐かしい匂い。この3年片時も忘れることのなかった。焦がれて焦がれて手を伸ばしても空を掴み続けてきた。だが、ようやく。

「犬夜叉…!」

 かごめの声。
 かごめの匂い。
 かごめの、顔。

「か、ごめ…。」
「犬夜叉! 会えた…ッ、」
「かごめ…! かごめ…。」

 繰り返し愛おしい名を呼んだ。その腕の中に在るのを確かめるように――何度も。

「犬夜叉…犬夜叉…!」

 かごめの声が震えている。眦に滲む涙が溢れて一筋流れた。

「待ちくたびれたじゃねえか…。」
「あたしも、待ってたんだから…!会いたくて、会いたくて…!」

 腕の中のかごめはあの日と同じ。あの時手放してしまった大事なものがここにある。犬夜叉の抱きしめる腕に自然と力が入っていた。

「ん、苦し…犬夜叉…。」
「……もう、絶対に離さねえ。」

 掠れた声はきっと届いている。かごめは犬夜叉の胸元に頬をすり寄せて頷いた。

 

 




「あの、犬夜叉…?」

 長く続いた沈黙に耐えきれずにかごめが口を開く。

 懐かしい仲間の面々と積もる話をして、この家に入ったのが夜も更けたつい今しがた。珊瑚と嬉しそうに会話に盛り上がるかごめを半ば
強引に切り上げさせてここに連れてきた。
犬夜叉がそのまま黙りこんでしまったので、かごめが怪訝そうに彼の顔を覗きこむ。

「どうかした? 酔っちゃったの?」
「いや…。」
「えっと、ここけっこう綺麗ね。犬夜叉の家なんてなんだか変な感じ。」

 かごめがきょろきょろと改めて室内を見渡す。弥勒と珊瑚が住む家にほど近く、空き家だったこの家を犬夜叉は気まぐれに使っていた。

「別に住んじゃいねえ。」
「え、そうなの?」
「弥勒の奴が色々不便だからいい加減に村に居着けって煩え。だから形だけのもんだ。」

 再びの沈黙。
 ゆらり、壁の影が揺れる。

 犬夜叉の手がかごめの頬に伸びた。

「おまえは……いいのか?」

 一言に込められた意味と共に金の眼が不安げに揺れていた。昼間、かごめを絶対に離さないと言った力強さと今の言葉。
かごめは顔に添えられた細く無骨な指先に掌を重ねる。

「そういうとこが、犬夜叉の良いところで、あたしがちょっと嫌いなとこ。」
「な!? …嫌いっつったか今?」
「ううん。犬夜叉が好きって言ったのよ。」
「……意味わかんねえ。」

 犬夜叉は不機嫌そうに横を向いた。その横顔にはうっすらと赤みが差す。

「正直に言うとね、離れてしまってから、ずっともう犬夜叉に会えないんじゃないかと思っていたの。…あたしには本当に長くて…
でもね、その長い長い時間に色んなこと考えられた。だから、もう大丈夫。
…あたしは犬夜叉が好きで、犬夜叉に会いたかった、それだけ。」

 かごめはそう言うと、犬夜叉の顔を両手で挟み正面に向けた。

「もう一度こうやって犬夜叉の顔を見たかった……犬夜叉に触れたかった。」
「かごめ…。」
「…犬夜叉は?」
 
 彼の心もきっと同じ。再会した瞬間にそう確信しているものの、かごめにも不安がない訳ではない。
 
「あの時…おまえと離れて一人こっちに戻されたとき、これで良かったのかもしれねえって…思った。かごめにはおれと同じくらい
かごめを大事に思ってる人間があっちの国にいるからな。
そいつらと無理やり離してこっちに来いなんて、あの時のおれには言えなかった。だが……。」

 犬夜叉はふ、っと息を吐く。

「今なら…言える。俺にはおまえが必要なんだ…ここに、おれの傍に居ろ。一生かけておまえを守る。」

 同時に引き寄せたかごめをきつく抱きしめる。犬夜叉の背に回されたかごめの細い腕から、ぴたりと合わされた身体から二人の心が
一つに重なった。



 行灯の灯が細かく揺らめいて消える。外の闇がここまで広がり僅かに月明かりがお互いの姿を浮かび上がらせていた。

 
 犬夜叉の指先がかごめの頬に触れる。親指で唇をゆっくりとなぞって薄く開かせるとそっと自分の唇を合わせた。その柔らかさと
鼻に抜ける吐息に犬夜叉は甘く支配される。
 控え目に奥にいた舌を捕まえて絡めると、かごめは眉根を寄せて応えた。

「ッ、」

 首筋に添えられた犬夜叉の大きな手が耳朶を掠めて下におろされていく。いつの間にか外されたブラウスのボタン。心臓の音が響いて
かごめはぎゅっと眼を瞑った。閉じた瞼に唇が落とされる。

「んな、顔すんな…。」
「だ、だって…。」
「傷つけるようなことはしねえから。」

 優しくする、とは言えない犬夜叉が犬夜叉らしくて可笑しかった。かごめは小さく笑った。

 それからは、ただただ肌を触れ合わせて、口づけをして、熱を交わらせて。かごめが気絶するように眠ってしまうまで犬夜叉は離さなかった。



 かごめが目を開けて最初に見たのは銀色。かごめの腰にしっかりと腕を回して眠っている犬夜叉だった。
 穏やかに寝息を立てているのがとても珍しくて、いや、犬夜叉がこうして眠っている姿を見るのは初めてかもしれない。
かごめは愛おしそうにその髪を撫でた。

「…ん。」

 かごめの指が獣耳に触れると犬夜叉が身じろぎをした。かごめに回していた腕を解き、背中をゆっくりと撫でる。

「ぁ…、い、犬夜叉?」

 くすぐったさに犬夜叉の胸を押して抵抗を試みるが強く抱きしめられて、かごめは身動きできなくなってしまった。

「身体…辛くねえか?」

 今まで聞いたこともない、労わるように優しい声音で耳元で囁かれてかごめは顔が真っ赤に染まるのが分かった。

「うん…大丈夫…。」

 真っ赤な顔が恥ずかしくて犬夜叉の顔をまともに見られない。かごめは抱き締められたまま犬夜叉の胸に顔を埋めた。

「あー…起きたくねえ。」

 ぽつりと犬夜叉が言ったその時、激しく戸を叩く音が二人がまどろむ時間を打ち消した。

「きゃっ! な、なに…?」
「かごめーっ! かごめー!」

 かごめを呼ぶ声は七宝のものだ。呼びながら戸をガタガタと開けようとするのが分かる。

「七宝ちゃん!? あ、ちょっ、ちょっと待って!」
「おれが出る。七宝のやつ朝っぱらから押しかけやがって…4,5発いや10発は殴ってやらなけりゃ気が済まねえ!」
「犬夜叉、駄目よ!」

 初めての夜を過ごし、仲良く目を覚ましてこれからまったり…を台無しにされて怒り心頭の犬夜叉は今にも戸口を破壊しそうな勢いで。
かごめは慌てて着物を羽織った。

「し、七宝ちゃん、おはよう。早起きなのね。」
「鍛練してたんじゃ。今日は良い天気じゃぞ。一緒に散歩にでも行かんか?」
「いいわよ。……犬夜叉おすわり! あ、まだ言霊効き目あるのね。七宝ちゃん、外で少し待っててくれる? 準備してくるから。」

 自分のすぐ後ろに迫っていた犬夜叉は七宝めがけて拳を振り上げていた。かごめは自然と口から出ていた言葉と効き目があったことと
両方に驚いたが、犬夜叉が土間に顔をめり込ませているのをみてほっとしたような表情を浮かべた。

「なんだ? 言霊が使えねえと思ってたのか?」
「う、ん。今はもう別に使えなくてもいいものだけど…なんとなく、ね。」

 上手く言えない、という風に言葉を濁して、かごめは身支度を始めた。

「そんな力あろうがなかろうが、かごめはかごめだぞ。…いまさらだけどな。」
「…犬夜叉…。」

 その後、渋る犬夜叉の手を引っ張って外に出た頃には暖かな日差しが降り注ぎ、野原の小花が色とりどりに咲いていた。
七宝がかごめに魚を採ってやる、と言い残して近くの小川に向かう。すると、それまで木の上にいた犬夜叉が飛び降りてかごめの前に手を
差し出した。

「え?」

 その手には一輪の花。真っ白で可憐な花が握られていた。

「昨日、お前に言ったことは全部おれの誓いだ。だから…。」
「犬夜叉…ありがとう。…っ、嬉し…。」
「お、おい! 泣くなって、こういうときは笑えって、な? ほら、」

 犬夜叉はかごめの髪を一掬い耳にかけるとそこに花を差した。

「…似合うかな…?」
「おう。」

 目元を擦って涙を拭うと、まさに花が開くようにかごめは笑った。幸せそうに小首を傾げ、白い花も祝福するように春風に揺れた。

誓いの花

 

 END

      *Text by Kika
      *Illustration by Mirano

 


…もう、絵かいてる時からずっと泣きそうでした。
    PLATINUM様が閉鎖されて、どれくらい経つでしょうか…。
マスター・きかさんには、コラボをたくさんさせていただいたり、いろんなとこでほんとお世話になっていました。
…また、きかさんのお話が読みたいなぁとずっと思っていました。そして、挿絵がかきたいと…。

その夢が、叶いました…っ!きかさんが拙宅の7周年のお祝いに、こんなにラブラブのお話を作ってくださいました。
ありがとう、きかさん;;どんなに大変だったか、わかりますよぅ!
私も、復活してすぐは、自分がどんな事やってたのか、思い出せなくて(汗)、苦労しましたもん(オイオイ…)><

でもね、やっぱりきかさんだね…っ
私が好きな犬かごだよ。犬夜叉の、ああいう時の言い回しとか、ほんとツボなんだよ。
きかさんにしか書けない犬かごなんだよ。
待ってたよー!

ああ…欲が出ちゃうよ。最後なんて言わずに、また書いて欲しいよ。

本音はね。…でも、…。

きかさん、こんなに嬉しいサプライズがあるとは思いもよらず…本当にありがとうございました。
(あんまり嬉しくて、早くアップしたかったから徹夜して挿絵かいたぞぃv)


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