第一話

  「ふぅー…」
  かごめは一人、溜息をついていた。
  ここは山の奥深く、断崖の中腹にできた洞窟である。奥の開けた場所で、どこからか光がもれているのか
  含まれる鉱物によるものなのか、入り口からかなり中に入っているにもかかわらず、やわらかな光を湛えていた。

  ほんの数分前まで、ここに犬夜叉もいた。かごめを連れてきたその張本人は
  「ここにいろ」
  とぶっきらぼうに言い残し、洞窟の外へと消えて行った。
  「まったく…強引なんだから」
  かごめは洞窟の壁によりかかり呟いた。
  「それに短気で、我儘で…」
  言葉とは裏腹に、頬はほんのり桜色に染まり、口をツンと尖らせてはいるが、表情はおだやかだった。
  「まだ、ドキドキいってる……」
  いつもより速い胸の鼓動を感じながら、ここへ来たいきさつを思い起こしていた。


  かごめを慕っているという男から文をもらい、犬夜叉の機嫌を損ねたのが昨日。
  今朝、文をくれた男が会いに来て、犬夜叉と鉢合わせし、犬夜叉の怒りを買ったのがつい先ほどの事だ。
  文をくれた男にはきちんと断りと謝罪をし、解ってもらえたと思うが、犬夜叉はそれでは収まらなかった。
  男が帰った後、激しい口付けを受けたのだが、いきなりかごめを抱きかかえると、跳ぶように走り、この場所へ
  連れて来たのである。この場所へ着くや否や、また激しく唇を塞がれた。
  「おれだけ見てろ……もう他の男の名を呼ぶんじゃねぇっ…」
  強く抱きしめられ、貪るような口付けに、もう、何も考えられなくなった。
  目の眩むような独占欲に、満たされ、溺れ、ただ愛しくて、全てを委ねようと、目の前の飴色の瞳をみつめた。
  しかし、犬夜叉は急にかごめを放し、この場を去ったのである。

  独り残されたかごめは、ここまでの出来事を思い、溜息をついていたのである。

  「…勝手なんだから…」
  でも…あんなこと言われたら…
  「うれしいじゃない……」

  思い出し、更に頬が染まる。結局、最後はなんでも許してしまう。
  だが、いつもと違った犬夜叉の様子も気になっていた。

  「さっきの犬夜叉の目、なんだかいつもと違ってた…」
  どんな姿になっても、どんなに変わろうとも、犬夜叉を怖いと思いはしない。だけど……あの目は……

 

 

  「……っっ」
  犬夜叉は自分の感情に戸惑いと苛立ちを覚えていた。
  よろめくように洞窟の入り口にもたれかかると、まだ陽が高い空を仰いだ。

  今宵は新月、朔の日である。
  日暮れまではまだまだ時間があるが、そんな時に仲間から遠く離れて、もし妖怪にでも出くわしたりしたら…。
  なにより奈落の手のものに襲われる可能性だってある。
  かごめを危険な目に遭わせるつもりは毛頭なかったし、日暮れまでには戻るつもりでいた。
  ただ、誰にも邪魔されず、かごめにもっと触れたくて、こんな所まで連れて来てしまったのだがーー……。
  かごめの真っ直ぐな瞳に見つめられた刹那、抑えられていたはずの妖の血がザワリと首をもたげた。
  魂全てがかごめを欲していた。
  しかしその欲情はいつもと違い、かごめの華奢な首に己の牙を突き立て、白い肌を切り裂き、滴る血までをも全て
  我が物にしたいという危うさを秘めていた。こんな感情は初めてだった。
  かごめに人間の男が近づいたというだけで、これ程までに心乱れるとは。
  犬夜叉は異常なまでの喉の渇きと、かごめをめちゃくちゃにしてしまいたいという衝動から逃れるために、その場を
  離れたのであった。

  「…どーかしてんな…」
  己の欲望の浅ましさに嫌気がさし、頭を二、三度振ると、洞窟の周りを探るために走りだした。

 

  
  「あ?この匂いは…」
  つむじ風を伴い、猛スピードで駆けていた妖狼族の若頭、鋼牙は立ち止まり、鼻をひくつかせた。
  「かごめが近くにいるのか?」
  鋼牙は向きを変えると、かごめの匂いを辿るように走りだした。

 

                               第二話へ続く

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