いつかギラギラする日





1.


「気持ちいいわよー、犬夜叉もおいでよ。」

 浸した足を撫でるように流れる冷たい水。歩き疲れて重くなった足にはちょうど良く、かごめは薬草を取りに森に入るとここで休憩をすることにしていた。
かごめが森に入るときには必ず犬夜叉がついてきていた。近くの木の上にいるだろう彼からの返事はなかったが。 
 ここは旅をしているときに犬夜叉に連れてこられた思い出の場所だ。そのときの二人はまだ過酷な旅が始まったばかりで信頼もなにもなくお互いにストレスだらけの毎日を過ごしていた。
そう、ちょうど初めての大喧嘩をして、現代に帰ろうとするかごめを犬夜叉が無理やり引っ張って連れてきた場所だった。
 
「あれからもう4年になるのね…。今でもこうしているなんて不思議。あのときは考えられなかったなぁ。ずっと犬夜叉と一緒に居るなんて…。」

 かごめは彼が居るだろう背後の木を仰ぎ見た。緑が生い茂る隙間から見慣れた緋色の衣が覗く。
犬夜叉は会話するでもなくただ近くに居る。無関心を装いながらかごめの周囲に気を配っているのだ。初めてここに来たあのときと変わらず。
 かごめは視線を戻す。覗き込んだ透明な流れの中には小さな魚が2匹仲良さそうに泳いでいた。 


 犬夜叉とかごめが3年ぶりに再会してから2週間が経っていた。
村での生活も慣れてきたと思う。まだ遠い現代でくらす家族、友人のことを思い出してちょっとだけホームシックになるけれど。女一人では何かと危ないと散々仲間に言われた犬夜叉と、楓の村で共に生活を始めた。
 かごめはこの頃ふと考えてしまう。確かに一緒に生活をしている。けれど彼はなぜかかごめが床に入るのを見届けて外へ出る。おそらく近くの過ごし慣れた
木の上へと。二人で生活することはかごめがずっと望んでいたことだったが、犬夜叉は?


「もしかして…あたし、押しかけ女房みたいになってるのかしら…?」

 自分の中でしっかりと決意を固めてこちらの世界に来たはずだったのに。踏み固めた足元の一角が崩れてきているような感じがしていた。

「かごめちゃん。」

 草を踏む音と一緒に柔らかい声が降ってくる。見上げれば背中に幼子を背負った珊瑚が立っていた。
かごめがこちらに来るほんの少し前に生まれた赤ん坊は気持ちよさそうに母の背中で眠っている。

「珊瑚ちゃん。散歩?」
「うん。ついでにかごめちゃんを呼びにきたんだ。」
「あたしを?」
「明日はキヨと太一の祝言があるだろ?夜は宴になるからそっちの準備も手伝って欲しいみたい。」
「へぇ、宴会になるの?楽しみだね。あたしは楓ばあちゃんの手伝いくらいだからその後は暇だし、大丈夫よ。」
「犬夜叉もどうだい?村をあげての宴会なんてめったにないよ。」
「……面倒くせぇ。」

 珊瑚がかごめの後ろにある木に向かって呼びかけたが、ぶっきらぼうな声が返ってきた。仕方ないね、とかごめと顔を見合わせて軽く笑ってみせる。

 村での祝言は久しぶりとのことで宴会の準備はまた大変らしい。時代が時代だから当然のように女性がそのほとんどをこなすことになる。若いかごめや珊瑚は戦力としては申し分なくすでに頭数の筆頭に数えられていた。

「珊瑚ちゃんお産したばかりなのに大丈夫?」
「平気平気。そこらの女より鍛え方が違うからね。」
「ふふ、そうだったわね。」
「…かごめちゃん、今日元気ないね。」

 かごめの隣に腰を下ろした珊瑚が急に声を小さくしてかごめに聞いた。
珊瑚はかごめにとっては姉のような存在だ。それは3年前の旅の間から変わらず。いつも優しく暖かくかごめの心を支えていた。

「珊瑚ちゃんには隠し事できないわね。」

 困ったように笑うかごめの笑顔がどことなく寂しげで、珊瑚はかごめの悩みの種が誰のせいかすぐに気付いた。張本人のほうへちらりと視線を流しつつさらに額を付き合わせるようにして密やかに会話を続ける。

「犬夜叉のことかい?」
「…うん。でもたいしたことじゃないのよ。あたしが勝手にウジウジしてるだけで。」
「話してみない?力になれることかもしれないしさ。こういうことは法師さまは変に詳しいんだよ。」

 困ったもんだよねぇ、珊瑚は寝息をたてている背中のわが子へと話しかけた。


 村に着くと犬夜叉には先に帰ってもらい、かごめは珊瑚たちの家に立ち寄った。弥勒を押し退けるように双子の姉妹が戸口まで走り出てきてかごめを迎えた。

「法師さま。あたしがこの子らみてるからかごめちゃんの話を聞いてあげて。」
「おや、どうかしましたか?」
「たいしたことじゃないのよ?弥勒さまも忙しいのにごめんね。」
「かごめさまの相談ごとならいつでもお聞きしますよ。そうですねぇ、あの犬がまた何かしでかしましたか?」
「ううん、そうじゃないの。あのね――。」






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