2. 翌日、夕暮れの刻が近づいた小さな村はにわかに慌しさを増した。昼間祝言をあげたばかりの新郎新婦を祝うために、宴の料理を作る女たちの声が外まで聞こえる。 かごめは祝言では楓の手伝いをして、今は村の女たちに混ざって野菜を洗ったりと忙しい。 そんなわけで今日は朝から犬夜叉の姿を見ていなかった。当然のように村人たちの中にも犬夜叉はいない。 「やっぱりいないか…。」 犬夜叉の存在は村ではもう異質なものではなくなっていた。寧ろ、妖怪を追い払い野党から村を守っていたりで、頼りにされているくらいの人望(?)はあった。 それでも彼は村人たちの中に入ろうとはしない。自分の在るべき場所を心得ているとでもいうように必要以上に馴れ合うことはなかった。 長い間染み付いた生き方は容易く変えられはしないのだろう。かごめも無理に犬夜叉を誘うことはしなかった。 いざ宴会が始まるとかごめの周りには人が絶えなかった。夜半を過ぎても盛り上がりを見せる宴につい長居をしていた。 時計のない生活には慣れてきたはずだったが、やはり不便だ、とかごめはあるはずのない部屋の壁を見上げて苦笑する。 「あたしそろそろ帰らないと…。」 帰ろうとするかごめをすかさず止める輩たち。とりわけ村の若い男たちはもう少しもう少しとかごめを留めようと話を続けた。 困った表情で断り続けるかごめを見かねて珊瑚が立ち上がった。 「かごめちゃんこれ持って帰りな。」 かごめが渡された小振りの甕を胸に抱えると珊瑚は意味ありげに笑う。 「法師さまの言ったこと覚えてる?例の実はもう入れてあるから犬夜叉に飲ますんだよ。効き目はあるはずだから頑張って。」 「う、うん。やってみる。でも本当に体に害はないのよね?」 「もちろんさ。マタタビみたいなもんだし、かごめちゃんが呑んでも普通の酒だから大丈夫だよ。女心がわからない犬夜叉にはいい薬さ。さて、あたしも。」 そう言うと部屋の中央、村の娘たちに囲まれている弥勒の元へ幼子たちを連れて向かっていった。 「珊瑚ちゃんは結婚しても大変よね。」 「かごめ様。」 珊瑚と入れ替わりにかごめの隣にきたのは村の中では見目も良いかごめより少し年上な男。話をしたこともほとんど記憶にない。 「送りましょう。こんな村の中でも夜更けにおなごの一人歩きは危ない。」 「あ、ありがとう。でも大丈夫です。すぐそこですし。」 「まあまあ。遠慮はなしです。さあ。」 「いえ、大丈夫ですから。」 戸口での押し問答。困ったな、とかごめが逃げる理由を探していて男から意識が離れると、突然手首を掴まれた。 「いたッ、離してください!」 「私はあなたをずっと見ていた。あなたが初めてこの村に来たときからずっとです。」 「困ります!あたしは犬夜叉と一緒に暮らしているんです。あなたとは――」 「一緒に?床も別なのに一緒に暮らしていると言うのですか?」 「な…、」 「村の若い衆なら誰でも知っていることですよ。それによく考えてみなさい。人と半妖が祝言などあげられるわけないでしょう?」 「そんなこと……っ。」 灯りの乏しい中、男の表情が見えづらい。かごめは手首にかかる男の力と物言いに恐怖さえ感じていた。 「離して!あなたに何が分かるの!」 「かごめ!」 やっとの思いで振りほどいた男とかごめの間に犬夜叉が飛び降りる。 「犬夜叉!!」 「てめえ。何やってんだ!?」 犬夜叉は鋭い爪を威嚇するようにかざすと男に向けた。が、男はひるまない。 「おまえにかごめ様を幸せにできると思わない。私のほうがかごめ様を好いているんだ!」 「寝言は寝て言いやがれ!これ以上かごめに近づいたらその首へし折るぞ!!」 「私は…!」 「ごめんなさい!」 目の前で言い争う二人を見ていられなくてかごめは大声を出して男に向き直った。 「あたしは犬夜叉の傍に居たいんです。だから、ごめんなさい。」 「かごめ、様。……わかりました…とりあえず今日は引きましょう。」 「ふざけんなよ。二度とかごめにまとわりつくんじゃねえ!」 男はまだ何か言いたげな様子だったが、そのまま宴会の続く家へ戻って行った。 「犬夜叉…ありがとう。」 「帰りが遅いから見に来てみれば…。いいか!おまえは隙だらけなんだよ。」 「そんなことない…あの人初めて喋ったようなものなのよ。それなのに…。」 「あ、あぁ分かった、分かった。……とりあえず気をつけとけよ。あいつ諦めてねえみてぇだし。」 「うん……。」 「あー、それ何持ってんだ?貸せよ、重てぇだろ。」 「ありがと…。」 かごめは両手で抱えていた甕を犬夜叉に渡した。持っているだけでずしりと重かったそれも犬夜叉は片手で肩に軽々と担いで歩きだした。 「村の人がお祝い事のおすそ分けだから持って帰りなさいってくれたの。でもあたしたちそんなに呑めないし呑める人にあげたほうが良かったかな。」 「いいんじゃねえの?そういうもんなんだろ。もらえるもんはもらっとけよ。」 そう言うと、ちらりとかごめの顔を見てそれきり黙ってしまった。 かごめは弥勒の言ったことを思い出して犬夜叉の肩に鎮座する甕を見上げる。上手くいくのだろうか、騙すような気がして少しだけまだ躊躇していた。 next/back/TOP |