5.


(あれ?)

 瞼が開かない。くっついてしまっているような気がする。かごめは眩いばかりの朝の光を感じやっとの思いで目をこじ開けた。
起き上がると、まだまったく働く気がない頭で昨日のことを思い返してみる。

「えぇっと昨日は…宴会で、お酒で、犬夜叉と帰って……。うー頭痛い…。」
「お。起きやがったか。」
「犬夜叉。おはよう。ねぇ昨日なんだけど…。」
「あぁ?」
「な、なんで怒ってるの…?」
「怒ってねえよ。いいか、おまえは二度と酒を呑むなッ。」
「お酒?あたしほとんど呑めないよ?」
「いいからッ。呑むな。」
「……変な犬夜叉。」

 どっちが。犬夜叉は小声で呟いた。かごめは、あッと声をあげて思い出したように笑う。

「昨日ね、犬夜叉がすっごく優しくて良い夢見たの。でも…。」
「…でも?なんだよ。」
「なんとなくだけど…あたしと一緒に暮らしてること…無理してるのかな、って…。」
「なッ…なんでそうなんだよ!?俺は昨日ちゃんと言っ、た……。」

 謀られた、と気づいたのはかごめの満面の笑みを見たから。

「てんめぇ……。」
「嬉しい。犬夜叉すぐ忘れた、とか言ってない、とか誤魔化すから…。夢じゃない、本当だったのよね。あたし絶対忘れないから。」
「……もう言わねぇぞ。」

 かごめは、うんっと昨夜と同じように返事をした。それきり犬夜叉は黙ってしまった。
時々頭上の耳が小さく動く。まるでこちらの動きを伺っているかのようでかごめは指先を伸ばした。

「いってぇな。なんだよッ。」
「犬夜叉!あ・り・が・と・う。」
「だーッ、耳元ででけえ声出すな!」


 背を向けた犬夜叉に後ろからしがみつくと、ふわりと銀色の髪が流れて犬夜叉の匂いがかごめを包む。
まるで子猫が柔らかく体を摺り寄せるように、かごめは犬夜叉の横顔に頬をくっつけた。

「昨日は……。」
「ん?」
「酔っ払い相手だったから見逃してやったが、今日はそうもいかねえよな。」
「え、なに……ッ、きゃ…。」

 犬夜叉の背中にいたはずが目の前があっという間に回転して、仰向けにされたかごめには煤けた色の天井が見えた。
さっきまでとは犬夜叉の雰囲気が違う。かごめを組み伏せた犬夜叉の目は獲物を射抜くよう。かごめの頬に添えられる掌から熱が伝わる。

「犬夜叉!?」
「おまえ…俺を試したんだろ…?俺様の気持ちを疑いやがった罰だぜ。焚きつけた責任…取ってもらうかんな。……ヒック。」
「俺様……え?…ちょっ、なんでお酒の匂い…?え?」
「覚悟決めてんだろうな?…ィック。…抱くぜ?…ヒック。」
「え、や、待って待って!あんた酔って、…ん、」

 犬夜叉の唇がかごめの首筋に押し付けられる。滑らされた舌先が唇を一舐めした。

「んんッ…、ね、ちょっと待ってってばッ。」
「もう充分待った。いいだろ?かごめが欲しいんだ!」
「やだ、ッ…って。犬夜叉正気じゃないもん!」
「正気に決まってんだろ。…ヒック。」
「もう〜〜〜。……お、お、」

 おすわり! ふぎゃッ!

 3年ぶりに使う言霊は変わらない効果を発揮した。犬夜叉は床にめり込むように頭から崩れ落ちていた。

「もうッ、なんで?いつお酒飲んだのよ…。」

 かごめは寛がされた襟元を直して起き上がった。そして犬夜叉の横に転がる見覚えのある小さな甕。栓は外れていたが中からこぼれ出るはずの酒は1滴もなかった。

「空っぽじゃない!……なんだか…結果オーライってことなのかしら…?はぁ。頭痛い…。」
「うぅーーー。」

 反論するような声が聞こえたが、かごめはため息一つこぼして犬夜叉の頭を軽く小突いた。

「今はだめだけど…そのうち、ね。」



 犬夜叉はちゃんと好きでいてくれた。昨夜のことはおぼろげだったかごめの頭の中で「ずっとかごめが欲しかった」この一言が浮かんでは消える。
昨日まで悩んでいたことが嘘みたいに犬夜叉のこの言葉で吹き飛んだ。不安も心配も寂しさもまるで霧が晴れるように綺麗に。
我ながら現金だな、と思う。仰向けに転がったままの犬夜叉の頬を突くと、まだうにゃうにゃと寝言とも恨み言ともつかないものが返ってきた。

「…か、ごめ〜。こっち…来…。」
「ばか…。」



 かごめを呼ぶように伸ばされた手を取ると力強く抱きこまれ、犬夜叉の胸の中に収まった。
今日は休みにしてこのままもう一度二人で夢を見るのも悪くないのかも。かごめは包まれる愛しい温もりの中で再び眠りに落ちていく。
犬夜叉に告げたそのうち、はそう遠くないかもしれない。ぼんやりそう感じた。





        END

  
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