4.


 静かな夜だった。低く鳴く鳥は梟だろうか。深く森の中に姿を隠し、その密やかにして遠くこの場所まで届く声音は心地良く感じる。


 己の中のかごめに対する気持ち。いままで何度も本人に告げるその機会を逸していたことは弥勒たちに言われるまでもなく、犬夜叉自身で気付いているつもりだった。
半妖と人間。生きる時の違い。変えようもない現実が決心する犬夜叉の口をその都度重くさせていたのだ。
 長い間待ち続けてようやく二人で居られる今が犬夜叉には幸せでこそばゆささえ感じていた。
今日だとて村の祝言には行かなかったけれど、偶然村人に囲まれて幸せそうに笑う花嫁が見えた。その娘の顔は皆に祝福されて見たこともないくらいに輝いていた。
犬夜叉の本心を伝えればかごめはあんな風に笑ってくれるのだろうか。
 犬夜叉の膝に座るかごめの目元と頬、首まで赤く染まってる。見上げる瞳は綺麗な水を湛えたように潤んでいる。
もし、先ほどの男のようにかごめに好意を寄せる男が出てきても、犬夜叉は自分がかごめの隣にいることで牽制になっているものだと思っていたが――甘かったのか。
 犬夜叉の首に回されているかごめの腕をほどくとその右手首を見た。男が掴んだかごめの手首。見えない跡が付いている気がして、思わず唇を寄せて牙を立てた。

「やぁん、くすぐったいよっ。もう〜〜ほら犬夜叉も呑も〜。」
「おまえ…なんなんだよっ。人が真剣に悩んで…ッ…。」
「ん〜悩んでちゃらめらめ〜。あたしはもっと呑むわよぅ。」

 話がまったく噛み合わない。犬夜叉は悩んでいる自分がすっかり馬鹿らしくなっていた。


 いま最大の好機を目の前にして盛大に迷っている。
 

「……わかった。もうそのままでいいから聞け。いいか?一度しか言わねえぞ。」
「はぁいっ。」

 きっぱりと一際大きな声で返事をされて少々たじろいだが、犬夜叉は一息吸って大きく吐き出すとかごめを抱えなおした。

「あのな……。今だから言うけど、俺はずっとかごめが欲しいと思ってた。旅をしてるときからずっとだぜ?それがいざ奈落を倒してこれからって時に訳が分からねえまま離れちまって、あげく井戸は通れなくなるし。あんときはもうどうしようもなかった。」
「ん〜。うん…。」
「俺が待ち焦がれたのはおまえだけだ。おまえが戻ってきてからの毎日が今でも信じられねえくれぇ……でも…だからこそ、おまえと暮らすってなると俺自身どうなっちまうか…分かんねえし…。」
 
 かごめは聞いているのか聞いてないのか、ぼんやりと犬夜叉を見つめている。

「おい、聞いてんのか?」
「うんっ。」
「また返事だけいいな。…ま、いっか。だから何が言いてぇかって言うと。かごめと暮らせて俺が嬉しくないわけがねえだろってことだよ。」
「うんっ。」
「……はー。バカみてえ。酔っ払い相手に何真面目に語ってんだ?俺は。」
「犬夜叉ぁ。あたしねぇ、今すごく、すっごく嬉しいの。」
「はいはい。おまえはもう呑むなよ。」
「もうっ。ほんとぅなんだから〜。」
「かごめ。」

 犬夜叉の手がかごめの細い顎に添えられる。軽く上を向かせるとかごめはにこり、と笑って目を閉じた。優しく唇が触れ合う。

「なあ…。」

 犬夜叉の首筋に顔を埋めて寄りかかるかごめは完全に犬夜叉に体を預けてしまう。犬夜叉は大きく音を立てた心臓を無視してかごめの胸元に手を差し込んだ。

「ッ、ん…。」

 漏れた吐息に気を良くし、もう一度と唇を合わせて犬夜叉は何かに気づいてかごめを見た。上気した頬、艶やかな唇からは穏やかな寝息が聞こえ始めていた。

「ありえねえ……。」



 幸せそうな笑みを浮かべて寝入ってしまったかごめを腕に抱いたまま。犬夜叉は首を後ろに大きく逸らして天井を見た。







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