valentine day 〜伝えたい〜
 

1.

 あの日が来る…
想いを伝える日

『バレンタインデー』

女子にとっては一大事とも言えるこのイベントを控え、かごめはここ数日間ずっと悩んでいた。

(…チョコを渡したくても、この時代では材料すら手に入らないし…
…代わりになる物をプレゼントするにしても、クリスマスでさえ犬夜叉は何もいらないと言うし…どうしたら…)
と、同じ事をぐるぐると考えてしまっている。

例え『何か欲しい物はある?』と聞いたところで、返ってくる答えは大体想像がついた。
…そうやって墓穴を掘って、犬夜叉のペースに嵌められた事が過去に何度もある。
だが、相手が何はさておき自分を求めてくれるという事は、幸せと言えばかなり幸せな事で…
今さら『バレンタインデーをどうするか』という悩み自体、贅沢過ぎるのかもしれない。

 …そんな事を考えているうちに時間は経ち、とうとう当日を迎えてしまった。


チョコなんて、犬夜叉はいらないだろうなという思いと、想い人にはチョコをあげたいという気持ちの間で
かごめの心は益々大きく揺れていた。
何より、バレンタインデー=チョコという方程式が現代で暮らしていたかごめには刷り込まれていた。

(…犬夜叉だけじゃなく、友チョコとかもあげたいし…)

考えているうちに、なんだか自分もチョコを食べたくなってきていた。

(…この時期、いろんなチョコがお店に出回ってるのよね、見てるだけで楽しくなるくらい。

…そうそう、14日は毎年ママとシチューを作って、人参をハート型にくり抜いてたっけ…。
夕飯には皆揃って、草太が誰にチョコをもらったかとか、そんな事を話しながら…。

…皆、どうしてるかな…)

遠い現代へと想いを馳せ、どれくらいの時間考え事をしていただろうか。
突然鼻をつままれ、かごめは面食らう。

「…へ?」

「さっきからどうした?ぼーっとしたかと思ったら、ブツブツ独り言言い出して」

目の焦点が合うと、かなりの至近距離に犬夜叉の顔があった。

「!!」

かごめは再度びっくりして後ろへとのけ反る。

「…あんだよ?大丈夫か?」

犬夜叉が怪訝そうな顔をしながらかごめに手を伸ばす。

「…ごめん…独り言、言ってた?」

差し出された手につかまりながら、ちらっと相手を窺う。

「…まぁな」

ひょいとかごめを起こすと、犬夜叉は何もなかったように向かい側に座り、囲炉裏に薪をくべる。

 一緒に暮らし始め、春が来たらじきに一年になる。
雪が多いこの季節、小屋の中で出来る仕事を楓から託され、こうやって二人で過ごす事も多くなった。
かごめは手元の着物に目を戻し、やりかけの針仕事を再開する。

しばしの沈黙の後、犬夜叉が静かに口を開いた。

「…あのな、現代(あっち)に、行ってみないか?」

かごめは目を丸くして顔を上げる。

「…えっ?」

…先程の独り言とやらで、そんなにはっきりと現代の事を口に出してにしまってたのだろうか。

「いや、本当はもっと早くに言うつもりだったんだが…」

犬夜叉が弄んでいた小枝を炎へ投げ入れると、重なった木片が崩れ、パチッと爆ぜた。

「…」

「きっと、大丈夫だ。今度は絶対離さねぇ」

黙ったまま自分をみつめるかごめに、犬夜叉は力強く言う。

戦国に戻って来た日以来、なんとなく井戸には近付かなくなった二人だった。
現代にもあれっきり行っていない…

「…」

答えに迷っているかごめを前に、犬夜叉は「よしっ」っとばかりに膝を叩くと、赤々と燃えている囲炉裏の炎に灰をかけた。
かごめは立ちのぼる煙りと犬夜叉とを困ったような表情で見る。

こっちで暮らし始めて今まで、現代の事に触れずにいたかごめの気持ちを、犬夜叉もわかっているつもりだった。
遠慮というより、頑なな意思。
こっちに来たからには、こっちだけで、とでも言うような…。

「ほら、いくぞ」

犬夜叉はかごめの腕をひく。

「…いいの…?」

犬夜叉を見上げる瞳が揺れていた。

「当たり前ぇだろ」

かごめを立たせると、犬夜叉は戸口横に掛けていた着物を手に取った。


 引き戸を開けると、外は雪が降っていた。
犬夜叉はかごめを背負うと上から着物を羽織らせ、銀世界へと飛び出した。
途中、楓の小屋に寄り現代に行く事を告げると、そのまま一直線に井戸へと駆ける。

井戸まではあっという間だった。

かごめを下ろすと、今度は手をしっかりと握り、もう一方の手で腰を抱く。

「…いくぜ」

かごめも頷くと、目をつぶり、現代の祠の中をイメージする。



 大丈夫…

 私達は、もう離れない



かごめもぴったりと犬夜叉に寄り添うと、二人同時に井戸へと飛び込んだ。


 二人の姿が消えた後、雪は一層強く吹き荒び、地面に残った足跡さえも掻き消していった。

積雪に覆われ、かろうじて井戸だとわかる木組みの中央はポッカリと口を開け、降り込む雪をただ静かに飲み込んでいた。

 

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