2.

 

 

村外れの崖の上、月明かりを受けて一段と映える白金の髪を風になびかせて、犬夜叉は独り
空を仰いでいた。
その横顔にはうっすらと影が射し、ぼんやりと見やるその瞳には、数多に広がる星さえ宿す事はなかった。

 

 

 

 

『犬夜叉ーっ見て見て!ほら、すごい星っ!!』


ーいつだったか、こんな星空を見上げてあいつがはしゃいでいたっけ。
おれは草に寝転がったまま、いつものように気のない返事をして目を閉じて…



『…もう、ムードないんだから。あんたは星なんて珍しくもないかもしれないけど、一緒に見てくれても…』

ーそんな非難めいた言葉も束の間。
かごめは再び顔を上げて、頭上に広がる星に見入る。

…その横顔を、おれは薄目を開けて覗き見る。

薄闇の中、青白くさえ見えるその細い横顔。
少し潤んだような大きな目に輝きを映し、星のそれと変わりないくらいきらめくその様は、はっとするほど綺麗で。

『あ、流れ星…っ犬夜叉!今流れ星がね…っ』

…かと思ったら、子供か、と言いたくなるくらい、どうでもいい事にいちいち興味を持って…

ーたまらなく愛おしかった。。

おれの衣を引っ張るその腕を引き寄せて、力いっぱい抱きしめてみたい、驚くその目におれだけ映して
押さえつけて、拒絶の言葉も出ないほど唇を塞いで…


頭の中ではそんな事ばかり考えていた。

…あの頃は、悪態をつく事でやっと自分を保っていられたのだと、後で気付いた。

 

『…流れ星?あー…どっかで死人が出たんだろ』



わざとおまえを怒らせるような事を言って、ずっと気持ちを誤魔化して…
だけどおまえはおれのずるさに気付かずに、予想通りにじろりとおれを一瞥して頬を膨らませる。


『…あんたねぇ…』


おまえは呆れた顔をしながら、むーどだのろまんだの、意味不明なあっちの言葉で一通りまくし立て
決まって、そっぽを向いて拗ねるんだ。

 

 

ー何気ない会話。

おまえといた日常。

おまえが隣に居るという、心地良さ。

やっとみつけたおれの居場所だった。




なのに、いつかは失ってしまうかもしれないという不安を抱えながら
…なぜ、あんなに無下に過ごしてこれたのだろう。




『もーーっ知らないっ!…たまには「綺麗だなー」とか、素直に感動できないの?!』

 
 

「…っ星なんかよりおれは…っ」

あの時言えなかった言葉がひとりでに零れ、虚しく掠れる。
それにつられて堰を切ったように、溢れ出す想い…



…手に違和感を覚え、目をやると、いつからそうしていたのか、爪が食い込むほど固く握り締めた拳から
深紅の筋が滴り落ちていた。


つんと鼻を掠める、己の血のにおい。




 

ドクン





 

魂の奥底に、眠っていたモノが頭をもたげる。




 

ー血ノニオイ、覚エテイルダロウ?ー


 「!」
 

ーコノ爪デ、カゴメヲ傷ツケター
 

「…っ!!」
 

ー命ヲ懸ケテ守ルト誓ッタ女ヲ…ー
 

「…ぁ……ぅああアアァッ!!」




鮮血に染まる拳を、剥き出しの岩に叩きつける。
…何度も、何度も。

砕かれ、抉られた岩肌は鋭利な凶器と化し、さらに拳を染め上げていく。

なのに、すべての感覚が鈍ったかのように痛みすら感じない。







わかっている。

…どれだけ責めても、どれだけ悔やんでも、今となってはすべて無意味である事も

こうやって自分を傷つけても無駄な事だと、解っている。

こんな事、あいつは望まない。

解っているのに、自分を責めずにはいられない。

 

ー何をしても、何も変わりはしないのだと、何度も思い知らされるだけだという事も。


「…くっ」


自分を嘲るように短く笑うと、犬夜叉は砕いた岩に凭れて自分の手を見る。
裂けて赤黒く変色したそれも、明日にはもう癒えているだろう。
 

こんな…人と妖し雑(ま)じりの半端な自分を、かごめは恐れもせず、そばにいてくれると言ってくれた。
 

 
 

かごめ…


 


ーおまえがいたから、すべてが特別になってたんだー…

星も、花も、景色も、すべて…



ちゃんと、解っていた。

気付いていた。


 

…拒絶される覚悟がつかぬまま、この気持ちを伝えるのが怖かったんだ。

 

 
 



 

『犬夜叉』


 


記憶の中、おまえはあの笑顔で
優しくおれを呼ぶ。





ー見上げれば、空一面に輝く星々ー…

 

 

「…っかんねぇんだよ!!かごめ…っおまえがいねぇと……」

今さら、口をついて出た言葉は、もう、あいつに届かない。
 

 

「か…ごめ…」
 

 

 

ーいっそ、狂ってしまおうか…

記憶の中で笑うお前と…

 



すべてを閉じ込めてー…

 

 

 




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