―深い闇

 

 

孤独と

絶望の淵

 

 

この身が朽ち果てる事も許されぬまま、どこまでも続く闇に繋がれて

ただ生き永らえ

眠り続ける。

 

 

 

―おまえに出会わなければ

ほんの些細な幸せも、愛しい温もりも、何も気付かずに、闇に侵されていただろう。

 

 

 

 

かごめ

 

 

 

 

おまえがおれに、光をくれたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

第三章



1.

 

 
 

 

「犬夜叉、行ったぞ」

弥勒が振り返ったその先に、鉄砕牙を抜いた犬夜叉が待ち構えていた。

 

ザンッ

 

一太刀で妖怪を斬り捨てて、ぶんっと刀を一振りすると、何事もなかったかのように鞘に収める。

流れるような一連の動きを、感嘆の表情でみつめていた屋敷の者たちは、ふと我に返ると
口々にこぼし出す。

「し…しかし、いくら有り難いお札とはいえ、一枚が米一俵とは…」

「やはり…高くはないですか?…それを…さ…三枚も…」

そこへ柔らかい笑みを浮かべながら弥勒が割って入る。

「…そうですか…実は一枚目の札は妖怪を追い出す為のもの、二枚目は出てきた妖怪が戻らないようにする為のもの
三枚目は、今後他の妖怪が入って来ぬようにする為のものなのですが、仕方がありませんね…
最後の札は外しときましょう。…でも、これだけのお屋敷ですから、また妖怪達に狙われるかもしれませんが…」

その言葉に慌てた屋敷の主人は、もみ手をしながら弥勒に頭を下げると、傍で青くなっている下男に命じた。

「い…いえ、ただいま用意いたしますっ!これ、早く米三俵持って来ぬか!」


余程、妖怪に悩まされていたのだろう。
屋敷の男衆総出で米三俵を弥勒の前に持ってくると、どうぞどうぞと引きつった笑いで腰を低くした。

呆れ顔の犬夜叉を尻目に、弥勒は目の前の男達ににっこりと微笑んだ。

「また、何かあれば、いつでもお呼びください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宵の西空に輝いていた明星はすっかりとかげを潜め、代わって月かげが煌々と辺りを照らし出す。
しんと静まり返ったしじまを縫って、遠くの山からかすかに獣の遠吠えが聞こえる。

 

時折、冷気を帯びた風がどこからともなく入り込んで来るようで
弥勒は傍らに横たわる愛しい女と幼子を守るように、そっと着物をかけ直してやった。

「本当に、よく頑張ったな、珊瑚」

幼子が起きぬよう、静かに囁く。 
大役を果たし終え、疲れの残るその頬をそっと撫でてやると、珊瑚は小さく微笑んだ。

「…うん。…でも、今日もたくさんの米を…大変だったろうに…」

「いや、犬夜叉が一緒だったから…」

珊瑚の体を労わるようにそっと手をかけ、弥勒もまた、小さく微笑む。

 
 

「…かごめちゃん…どうしてるんだろうね」

少しの沈黙の後、珊瑚がぽつりと言う。

「ああ……あれからもう、三年…か」

二人は三年前の事を思い出していた。

奈落を倒した後、井戸が消え、三日目に光の柱とともに再び井戸が現れて
犬夜叉が一人で戻ってきた…。



『かごめは無事だ』
 

絞り出すような犬夜叉の言葉の奥に、何人も踏み込めない響きを感じとり、弥勒はそれ以上何も聞けなかった。


「犬夜叉はあまり語らないが…一度だけ言っていた。
かごめ様を愛し、必要としている者は他にもいる、と…」


どこを見るともなく、一点をみつめ、弥勒が呟く。
その視線を追うように、珊瑚も虚ろな瞳で独り言のように呟いた。
 

「犬夜叉…さみしくないんだろうか」

 

 

 

 

 

 

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