…犬夜叉、元気にしていますか?
そっちの様子はどうですか?
弥勒様、珊瑚ちゃん、七宝ちゃん、楓ばあちゃん…皆に変わりはない?
…私は…皆が応援してくれたから、こっちの高校にも入れて、なんとか
元気にやっています。
ー犬夜叉…あのね…
………………………………
…あれから三年…経ったね…
今までいろんな事があったよ。話したい事もいっぱい…いっぱいあるよ…。
あの日…あんたが助けてくれたから、私は無事に現代(こっち)に帰ってこれた。
…ちゃんとお礼も…言いたかったのに…
あれが最後だなんて、信じられないよ。
あの後、何度も井戸(ここ)に飛び込んでみたよ。でも、閉じたままで…
…だけどね、つながってはいないけど、ここに来たら…なんだかあんたも近くに来てくれてる気がして…
寂しいときも、辛い事があったときも…嬉しい事があったときもここに来て、あんたに話しかけるのが
癖になっちゃってたよ。
…支えてくれて、ありがとうね。
私は今日…
高校を卒業します。
第四章
1、
「じゃ、行ってくるね」
まるでそこにいる誰かに向けて語りかけるように優しく囁くと
かごめは祠の扉を閉めて、石畳を駆け出した。
「やっと来たわねっ」
「かごめーーおはようっ」
「もー遅いぞっ」
石段の最後の一段を駆け下りたところで、鳥居の影から飛び出してきた親友三人に取り囲まれた。
「ごめんっ皆…ちょっと祠寄ってたから…」
言葉の語尾が弾む息で掠れる。
「…かごめ…また彼の…っ」
言葉の先を、慌てて飲み込んだ友達に、かごめの表情が一瞬強張る。
直後、かごめはごめんと言うように片手を顔の前に縦にかざして片目をつぶると、明るい声で先行くよーっと笑って走り出した。
「あっ待ってよー!」
笑いながら後を追う三人もまた、自分達に心配をかけないように、と気遣うかごめの気持ちを理解しているのだ。
思い起こせば、中学時代最後のあの1年間、かごめの周りでは数々の不思議な出来事が起こっていたように思える。
それも、その”彼”の存在がかごめの口から出るようになってからだと考えるのは、飛躍しすぎだろうか。
病気や虚弱体質などの理由で学校も休みがちになったし、たまに出てきても、何か思いつめているようで…
心配で、何度も家まで見舞いに行ったものの、なかなか会うことも出来ず…
…ただ、寝ているのであれば、玄関先にあるはずの、かごめのローファーがないという事がずっと気になっていた。
…そして、三年前のあの日、日暮神社の祠にある井戸の中で、起こったこと。
高校の入学式にも顔を出さないかごめを心配して、日暮神社へ立ち寄った親友三人は、祠のそばで大きな地響きを耳にした。
音が祠の中からだと気付き、扉を開けると、そこにあったはずの井戸が消えていた。
一緒にいた、かごめの弟・草太が急いで家族に知らせに行き、その場は騒然となった。
普段温和なかごめの家族が、井戸があった地面に向かって必死にかごめの名を呼んでいる。
信じられない事に、地面の中にも誰かがいるようで、聞こえてきた声はまぎれもなくあの”彼”のものだった。
かごめの身に何かが起こったのだという事以外、わけがわからない親友三人は、得体の知れない不安と緊張の中
心配するかごめの家族を遠巻きに見守る事しかできなかった。
「大丈夫だ!おれが必ず捜し出す!」
力強い言葉を残し、それきり”彼”の声も途絶えた。
後日、かごめが戻ってきたと、かごめの母から連絡をもらい、会いに行って驚いた。
…起き上がるのがやっとではないかと思われるくらいに弱々しい姿。
艶やかな桜色だった頬はやつれ、どれくらい泣いたのだろうかというくらいに目の周りを真っ赤に腫らして…
…かごめは、帰ってきた。
当然、”彼”も一緒にいるものだと思っていた。
なのに、部屋にいるのはかごめただ一人。そして、泣き腫らした顔…
「…心配かけて…ごめんね…もう、大丈夫だから…」
掠れた声で無理に笑うかごめを見て、誰が何を言えようか。
何があったかは知らない。でも、かごめは無事に戻ってきたのだ。
…それから何度も、かごめが事あるごとに祠へと出向く姿を目撃した。
その度に、元気と明るさを取り戻していくように思えて、誰もその事には触れずにいたのだが。
ーごく最近、かごめは高校に入ってから何度目かの告白を受けていた。
相手は隣のクラスのR。頭脳明晰、スポーツ万能、加えてイケメンの三拍子揃った彼は、高校内外でも評判だった。
余程自信があってか、切羽詰っての事か、休み時間にかごめの席までやってきて、皆の前で告白したR。
かごめはキョトンとした表情で、でもやがて少し困ったような顔をして
「後で、お返事します」
とだけ言って、うつむいてしまった。
その後色めき立った教室内では、かごめがRと付き合うのか、付き合わないのかと、その話でもちきりだった。
でも、かごめはその日のうちに、誠実にRに断ったそうで。
即答しなかったのは、皆の手前Rに気を遣った為で、Rに望がない事はかごめの友達なら皆わかっていた。
これまでも何度も羨ましい程にチャンスに恵まれてきたのに、かごめときたら、そのすべてから目を逸らし、時には
逃げるようにやり過ごしてきた。
ーかごめの心の中には、いつもあの”彼”が居るんだー
とは、親しい友達の中では暗黙の了解で、なのに、望み薄いとわかって告白する男子に気の毒な気さえしていた。
…だが、わかってはいたものの、親友達は、このRからの告白を断ったのは、かなり勿体無い気がしていた。
三年の月日でやっと元気を取り戻したかごめが、いつまでも過去の想いに囚われている事を心配し、この時ばかりはと詰め寄った。
「かごめ!あんたいつまで昔の彼にこだわってんのよっもう、三年も経つじゃない!充分だよっいい加減忘れ……っ」
…そこまでまくしたたてて、かごめが笑っている事に気付く。
困ったように無理に笑う、あの表情(かお)で。
でも、目からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれ出す。
「…忘れる…なんて…無理…」
言葉を搾り出すような声。
かごめは何かに耐えるように、必死で足を踏ん張り、かぶりを振る。
「…できな…できないよっ…だって、いるもの…っずっとここに…っ」
ぎゅっと胸の中の何かを掴むような仕草をして、ついに膝から崩れるように、かごめは蹲ってしまった。
弱々しく震える肩と、押し殺した嗚咽の間に消えそうな声が洩れる。
「…会いたい…よ…」
友人達はただ、かごめの肩を優しく抱いてさすってやる事しか出来なかった。
…三年間
この長い月日の中を、かごめは何度こんな思いをしながら、どれくらい泣いて過ごしてきたのだろうか…
それほどの相手。
…なぜ、急に会えなくなったのか。
その理由はわからない。
だが、かごめにとっては、忘れることなどできない大切な”彼”だったのだろう。
わかっていたはずなのに。理解していたはずなのに…
”彼”にまつわる話を出す度に、困ったような、無理に笑うあの顔を見てきたはずなのに、また傷をこじ開けてしまった…
だけど、このまま会えもしない”彼”の事を想い続け涙するかごめを、新しい出会いから頑なに目を背け続ける彼女を
友人三人は、不憫に思えてならなかったのだ。
願わくば…どんな形でも、かごめがまた心から笑えるようになる事を…
その日を信じて、そっと見守っていこう、と、三人は思ってきた。
…今日、高校を卒業する…
…この先の道はそれぞれに違うけれど
きっとずっと
変わらない親友…
じゃれ合うように、軽やかな足取りで校門へと駆けてきた四人の後を、風にさらわれてきた桜の花びらが
追うようにひらひらと舞い込んでくる。
周りの桜とは、少し色の違った薄紅色の花びらは、学校の裏手にある小高い丘に立つ、樹齢何百年かと思わせる桜の巨木のもので
風が吹くままに、枝々を振るわせて、淡い匂いと花弁を辺りに散らせていた。
それはまるで卒業を祝う花吹雪のようで、止むことがなく、いつまでもいつまでも惜しみなく降り注いでいた。
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