もうすぐ…もうすぐ着く
あの先の林を抜けたら、井戸がある。

…あの頃…
些細な事で喧嘩して、その度にあっちの世界へ帰っていったおまえを迎えに、何度この道を
通っただろうか。
井戸はかごめのいる世界へと繋がっている、飛び込みさえすれば、すぐにかごめに会える…
そう思っていた日常がひどく懐かしい。


ーかごめ…

離れていても、おまえがどっかで生きていてさえいてくれればいいと思っていた。
なのに、おまえがそばに居ねぇだけで、おれは…


…こんなんじゃ…だらしねぇと、おまえに笑われちまうな

 
この道を通る時、思う気持ちはあの頃も今も変わらねぇ。


ー今なら素直に言える

 

かごめ、おまえに会いたいんだ

 

 

2.
 

ザザーー

木々の間を駆け抜けていく緋色の衣。
風を切って跳ぶように走り抜ける犬夜叉の表情は、昨日までのそれとは違っていた。
三日と空けずに通う井戸までの道のりも、これまでは感情を殺した、習慣化さえしたようなものであったが
どれだけでも捜し続けると決意を新たにした今、その場所だけが唯一の望みであり、支えとなった。
いつかはかごめへと繋がる、そう信じると、逸る気持ちを抑えきれない。

元は、単純でせっかちな性分。

『いつか』がいつなのか、『いつか』が本当に訪れるのか…
そんな事を考えるよりも、まず自分の目で確かめる為に行動する、そうせずにはおれないのだ。


「…?」
嗅ぎなれたにおいに、犬夜叉は足を止めた。
林の切れ目、開けた見晴らしのいい場所にポツンとある目的の井戸。
そこから少し離れたところで遊ぶ見覚えのある小さな人影が三つ…


「…ー…」

声にならない溜息を一つつくと、犬夜叉はつかつかと歩み寄って行った。

「…こんなとこで遊んでんじゃねーよ、危ねーだろっ七宝」

七宝に乗っかり、おもちゃにしている娘子二人を怖がらせないようできるだけ声を抑えて言った。

「おー…犬夜叉ー…なんじゃ、今日もか〜…」

七宝は犬夜叉をちらりと見ると、いかにもがっかりしたような声を出す。
その様子を訝しむ犬夜叉めがけて、娘子達が満面の笑みでかけ寄ってくる。

「い〜ぬ〜!」

「い〜ぬ〜!」

のしっ

「……」

両の足に巻きつくような重みを感じ、何かを言おうと下を見やると、無垢な瞳と視線がかち合う。
二つの顔から心なしか潤んだような瞳が真っ直ぐにこちらに注がれ…
犬夜叉は、思わず零れそうになった大人気ない科白を飲み込むと、再度溜息を吐く。
観念したかのようなその姿を見て、娘子二人はニカッと笑う。

『い〜ぬ〜』『あしょぼ』

空耳が聞こえたような気がした。

「……ー…」

三度目の長い溜息の後、ジロリと七宝を睨みつけるが、七宝は知らん顔。


ー…こいつらがここに居るという事は…

ぐるりと辺りを見回すが、芽ぐんだ野花や薬草が風に揺れているだけで、他に人影はない。
その向こう、井戸の裏側から一際漂ってくる青臭いにおいに気付き、犬夜叉は声を上げる。

「おい…居るんだろ?弥勒!」


…がさっ

「いや〜隠れていても、やっぱりわかるか…」

井戸の陰から、法師の黒い着物が現れる。

「山菜と薬草を採りに来たついでに……な、ははっ」

何やらわざとらしくも見える大袈裟な動作で弥勒は肩から篭を下ろす。
一抱えはありそうな大きな篭から、摘み取られたばかりの大量の草花のにおいが広がる。
強烈なにおいに顔をしかめる犬夜叉をよそに、弥勒と七宝が囁き合う。

「ついこの間井戸を覗いておったくせに、今日もまたとは、すごい執念じゃな…」
「では、私の勝ちですね、七宝。荷物はお前が持つのですよ」
「どあっ重っ何するんじゃ、こんな…持てるわけないじゃろがーーっ!」

篭の下敷きになってじたばたしている七宝から離れると、弥勒は犬夜叉の足元に笑みを向ける。

「おまえ達、すっかり犬夜叉になついたなぁ。…乗せてもらうか?走ると速いぞぉ」

「…あのな、おれは乗りモンじゃねぇっ」

「…似たようなとこはあるだろう。ちょうどいい、そのまま子らを家まで連れてきてくれんか?」

どうせ暇なのだろう、と笑う弥勒の言葉に顔を輝かせる娘達。

「い〜ぬ〜」
「か〜ろ〜」

…確かに井戸に来る事以外頭にはなかった。暇といえばそうなのだが…
弥勒の顔をしばらく呆れ顔で眺めていた犬夜叉は、次に足に纏わり付く二人に視線を移し
本日何度目かの溜息をついた。






ー本当は気付いていた。
…弥勒や珊瑚や周りにいるもの達が相も変わらず自分を気にかけてくれている事を。
いらぬ世話だと突っぱねた事もあるが、こいつらは懲りずにこうしてお節介な程に自分を構いにくる。
そればかりか、最近では村の連中でさえ半妖である自分をあまり恐れなくなっていた。
三年前、奈落からこの村を救った者とでも思っているのだろうか。
弥勒と連れ立って、あちこちの村で妖怪退治をしている噂も手伝ってか、別の村からも一目置かれる
ようになっていた。
そうして気が付けば「仲間」の元へと自然に足が向く自分が居て。

かごめに出会う前の自分からは、人と馴れ合うなんて、想像もつかなかった。

人を信じるという事を、仲間に頼るという事を、本当の強さも優しさも、笑顔も…すべてはかごめが教えてくれた事だった。
…かごめがいたから仲間ができ、今がある。
かごめが、繋いでくれた縁だった。

「…けっ…たく、しょ〜がねぇな…」

悪態付きながらも両足の娘達の胴をひょいと掴むと、そのまま両脇に抱える。
横抱きにされてもキャッキャッと喜んでいる娘達に苦笑しながら、弥勒が先に立って歩き始める。

「…じゃ、行きますか。珊瑚に山菜料理を作ってもらいましょうっ…それを肴に…」
「…っておい、飲む気じゃねぇだろうな」
「いや〜犬夜叉がいると安心ですねぇっはははっ」
「てめっ最初から子守押し付けるつもりで…っ!」
「なんだかんだ言って、お前は面倒見がよいではないか」
「い〜ぬ〜めんろ〜?」
「きゃっきゃっ」
「…」


…踵を返す瞬間、金色の瞳の端に井戸を捉える。
別段いつもと変わった様子もなく、しつこく漂う青臭い風以外、気に留めるものはなかった。
降りて底を確認せずともわかる。
数日前と何ら変わらぬ湿ったにおいが思い起こされ、犬夜叉は軽く頭を振る。

「こりゃーーーっおらを忘れておるじゃろっ!待たんかーい!!」

歩き出す犬夜叉と弥勒の後ろを、七宝が律儀に篭を引きずりながら追いかけて行った。




サワ…


その時、井戸から風が舞い上がり、ふちに蔓延る蔦を優しく揺らしていった。



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