いつでも捜しちしまうんだ
どこにいても、何をしてても、その姿を…

…かごめと一緒に行った場所、かごめが好きだった花
どこにでも、あいつの破片は散らばってるのに

思い知らされるだけだとわかってんのに


…こんなところに居るはずねぇのに
わかってんのに、捜して…捜して…


かごめにはかごめの世界があって
もう、おれの事など、忘れちまってるかもしれねぇのに





 

 

第六章

 

1.
 

「どうした犬夜叉、食べないのか?」

弥勒の声に、はっと我に返る。
板張りの床には山菜料理が並べられ、手前に置かれた杯には、いつの間に酒が注がれていた。
珊瑚の体を気遣い、料理のほとんどは弥勒が作ったもので、怪しいにおいを放つものもいくつかあった。

「いや、おれは…」

腹はすいてねぇと断ろうとして横でじっとみつめる視線に気付く。
正確には視線は料理に注がれているようで、二人の娘達は湯気の上がる料理に釘付けだった。

「…おい、弥勒、子供、腹すかしてんじゃねぇか?」
「だからだ。早く食ってやれ犬夜叉」
「…はぁ?今さら客扱いか?子供に先に食わせりゃいいだろ」
「かわいい娘達が痺れでもしたらどうするのだ。さあ、先に食ってくれ、犬夜叉」

…毒見かよ…。
自信ねぇ草まで入れてんなよ、と呆れながらも手前の料理から一口また一口と箸をつける。
見た目とにおいはさて置き、味はそうひどくはなかった。
しばらく注意深く犬夜叉を見ていた弥勒は、自らもやっと箸を取り料理を口に運んでみる。

「よし、おまえ達、食べていいぞ」

弥勒の言葉に、娘達は勢いよく料理へと手をのばす。
一心に食べるわが子を満足そうに眺め、弥勒は杯を飲み干す。

「…なあ、犬夜叉。お前、村には住まぬのか?」

村に馴染んできた犬夜叉の為にと、楓と村人達が用意した小屋が村の外れにある。
だが、犬夜叉はそこへ足を運ぶ事すらしなかった。

「必要ねぇ」

そう言って、弥勒のように杯を手元に引き寄せてみるが、立ち昇る香りに飲む気が失せる。

「そうか…」

かまどや囲炉裏なども揃ったその小屋を、犬夜叉が使うとは到底思えない。

「それから…犬夜…」
「…?」
「…」

言いかけて、弥勒の動きが止まる。
普段緋色の衣で隠れている犬夜叉の拳が、腕を上げた動作で一瞬露になったのを、弥勒は見逃さなかった。
治りかけてはいたようだが、赤黒く痣の残るその傷の理由に思いをめぐらし、弥勒は黙り込む。

『…そうか…また…』

ー自分を責め、傷つけていたのかー。
先日の妖怪退治でも傷一つなく、あっさりと仕事を済ませた犬夜叉が傷を作るなど、思い当たる節は一つしかない。
このような説明つかない傷をこの三年間でどれだけ見てきただろうか。



「…犬夜叉、かごめ様は元気だろうか?」

ふいに予期せぬ名が出て、犬夜叉の体がビクリとなる。

「…は…?」
「会いたいか?」
「…」
「会う気は、あるのかと聞いているのだっ」

急に声を荒げた弥勒に、娘達が驚いてこちらを見る。

「…すまない、おまえ達。表に七宝がいるから、遊んでおいで」

外を指差す弥勒に娘達は素直に頷き、かけていく。
二人の後姿を見送ると、弥勒は犬夜叉へと向き直る。


「…なぁ犬夜叉。自分を責めても、かごめ様が悲しむだけだ」
「…」
「お前が諦めていないのもわかっている。だからこそ、会えた時のために自分を傷つけるのは、よせ」
「…何…言って…」
「今でもこんなにお前はかごめ様を想っているではないか。いつかきっと…お前のその執念が、二人を
…運命を引き寄せると、私は思うのだ」
「気休めなら…」
「愛していたのだろう?かごめ様を」

弥勒が強く言う。
犬夜叉は言葉を失い、大きく見開いた目で弥勒をみつめる。


「…覚えているか?…あれはかごめ様が向こうに帰られてからすぐの頃だったか…
“かごめ様を愛し、必要としている者はほかにもいる”と、お前が私に言った事を。
あれは、“自分のほかにも”という意味で、紛れも無くお前自身がかごめ様を愛し必要としている者だという
証拠ではないか。」
「…っ」
「きっと…かごめ様も同じ気持ちで…お前とまた会う事を望んでいるだろう」

力強い響きで紡がれた言葉が乾いた魂にゆっくりと染み込んでゆく。

ーかごめも…おれと同じ気持ち…で…?この三年の間、ずっと…?ー
ー…ありえねぇ。そんなムシのいい話があるわけねぇー

犬夜叉の表情から気持ちを読み取った弥勒は、今度は穏やかな口調で続ける。

「莫迦だな、お前は。かごめ様にあんなに想われていたのに、自信がないのか?」
「…もう…三年経つんだぜ…っ」
「じゃあ、なぜ井戸へ行く?もしかしたらかごめ様がこちらに来てくれるのではないかと
期待しているからだろう?」
「違うっおれが、かごめに…っ!!」

怒鳴る自分の声でやっと気付く。

『おれが、かごめに会いてぇから、何度も井戸に飛び込むんだ』

ーそうだ、おれがかごめに会わなくちゃなんねぇんだ
伝えてぇ言葉があるんだ
かごめにこっちに来て欲しいわけじゃねぇっ
おれが、かごめに会いに…!

「…犬夜叉?」
「…悪ぃ、用事思い出したから、行く」

それだけ言うと犬夜叉は立ち上がり、戸口へと足早に歩いていく。
木戸を乱暴に開けると、そのまま風のように駆け出して行った。
その様子を呆気にとられて見ていた弥勒は、やれやれと独りごちて手酌で酒を注ぐ。

「いい顔になったな、犬夜叉」

零れ出た言葉が思いのほか優しい響きで、弥勒は苦笑しながら、杯をあおった。

開け放たれた戸の向こうに愛しい者達が見える。笑い声と時折起こる奇声。
…きっと子らがキツネ退治でもしているのだろう。

こちらに気付いた珊瑚が洗濯の手を止めて、笑顔をうかべる。
弥勒も笑顔で返すと、すぐさま立ち上がり、珊瑚のもとへと歩いていった。








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