…二つの世界のどちらかを…

私は知らないうちに選んでしまっていたの?

だから離れてしまったの?



…そんな事、あの時の私は考えてもいなかった


選んだつもりなんてなかった
選ぶ事なんて、できるわけなかった

だけど私はここにいる
ママや草太、じいちゃん、それから友達のいるこの現代に

 

…そして今…

目の前の井戸には青空が広がって
飛び込めばきっと、ふわりと体を包む懐かしい空気と落ちていく不思議な感覚
辿り着く先には晴れた空と一面の緑と…お日様のにおいのするあの人の赤い衣…

全部、覚えてる
簡単に思い出せるほど何一つ忘れていない


…やっと、待ち望んでいたものに手が届きそうなのに…









私は身動き一つできずにいた
 
 

 

 

2.

 

 

「かごめ…」

ーママが心配そうに私の顔を覗き込んでいるのがわかるー
ー…ママ、私…ー
 

「行ってらっしゃい」

明るい声がかごめの耳に届く。
思いもよらぬその言葉に弾かれたようにかごめは顔を上げる。

「…え…」

「何て顔してるの。行ってらっしゃいと、言ったのよ」

今度は目を見ながら、はっきりと聞いたのに、かごめはまだ言葉の意味がわからずにいた。

「…井戸、やっと…繋がったのでしょう?」

そう言って、そっとかごめの体を自分の方に向かせる。

「…ママ…」

「あのね、かごめ。ママね、ずっと考えていた事があるの」

真っ直ぐに向けられる母の視線を、かごめはしっかりと受け止める。

「…あなたが井戸を通って二つの世界を行き来していた頃、もちろん心配はしていたけれど
あなたはとてもいきいきしてて、輝いていたわ。恋をしていたのね」

母の言葉は心地よく耳に届き、同時に今尚募り続ける想いを再度呼び起こす。

「…三年前、あなたはとても傷ついて…でも、ここに帰ってきてくれてママ達がどんなに嬉しかったか。
井戸が消えてしまうなんて考えもしなかったから、もう、あんな危険な目にあなたを遭わせたくないと思ったの」
「ごめんなさい…ママ…」
「責めてるんじゃないの。あれからかごめも随分悩んだのでしょう。…考えて悩んで…だけど諦めきれない
忘れられない想いがずっとあって…なのに私達を気遣って、心の奥に気持ちを閉じ込めて、無理に笑って。
…ずっと見てきたから、私達はあなたがどの道を選んでも精一杯応援しようって心に決めてきたの」
「…ママ、でも私…っ」

「今行かなくて、いつ行くんだよっ!」

突然後ろから怒鳴られ、振り返ると、祠の入口に草太と祖父が立っていた。

「ぐずぐずしてて閉じちゃったらどうすんだよっ!ねえちゃんまた泣くだろ!!」

いつになく強い口調の弟にかごめは驚きの表情を向ける。
隣で険しい顔をしていた祖父も、それとは裏腹の優しい口調で語りかける。

「わしらは、どんな時もかごめの幸せを願ってるんじゃよ、でもな、思いとどまるのなら…」
「…って、もう、じいちゃんは…っ」
…言い澱む祖父を遮って、草太が苦笑いする。

「家族全員で家出を後押しするなんて、他にはないよ。ねえちゃん胸張って行ってきなよっ」

力強くそう言ってくれる弟が、今日はなんだか頼もしくも見える。
かごめは揺れる瞳を隣の母へと移す。
にっこりといつもの笑顔で頷いてくれる母に、かごめはたまらず抱きついた。

ありがとう、ごめんなさい…許して…
どんな言葉も、気持ちを表すには足りない気がして、ただただ涙が溢れてきて止まらない。
抱き締めた母の肩は記憶していたより小さくて。
伝わる温もりと優しさに包まれていると、子供の頃に帰ったようで胸がいっぱいになる。

「…かごめが迷っている事もわかってるわ。でもね、選ぶ事はどちらかを捨てる…って事ではないのよ」

大丈夫、自分の心のままに…そう言って背中をさすってくれる手が、迷う心に勇気をくれる。

…ありがとう、ママ…みんな…

もう少しだけ…
あと少しだけ…このままで…




温もりを刻み付けるかのように、かごめはまわした腕に力を込めた。

 

 

 

 

 

 

ザッ

「……っ?」

弥勒の家から井戸まで一気に駆けてきた犬夜叉は、井戸の手前でふいに足を止める。


…何かが違う
さっきまでと
…風の…においが違う

何…だ、井戸から…?

「!」

風が、吹きぬけ…て…!?

 

…そう、思った瞬間にはもう、犬夜叉の姿は井戸に消えていた。

 

 

 

 

 next/back

駄文置き場へ戻る

TOPへ戻る