ーすべてが『偶然』じゃないのならー

 

時を越えて…出会えた事も
初めからさだめられていたのかもしれないね。


…もう、私の役目は終わったから…
離れる事も『必然』だったのかもしれない。
 

だけど、私はわたし。

生まれ変わりとか
決められた役目とか…
それだけの為に生まれてきたわけじゃ、ないと思う。

この気持ちは…想いは、紛れも無く私自身のものだから。
この胸に残る…温かさも、切なさも、喜びも…苦しさも

全部、犬夜叉が教えてくれたもの。

 

役目が終わったというのなら、すべてのしがらみから

…解放してください。

 

生まれ変わりでも、役割の為でもなく、私はただの「かごめ」になって


もう一度…

 


あの場所へ…



 

犬夜叉のもとへ……

 

 

 

 

 

 

第五章

 

 

 

1.



カラッ

扉を開けると、湿り気を含んだ土の独特なにおいがした。
最近は、毎日のように訪れている祠。

かごめはいつものように、また井戸に向かって話しかける。

「…犬夜叉、無事に卒業式が終わったよ。
あゆみったら泣いちゃってね、私もつられて泣いちゃった。」

何の返事もない井戸に向かって、かごめは尚も続ける。

「三年間なんて、あっという間だったって皆言うけど、私には凄く長く…感じたよ。
こっち戻ってきてすぐの頃は、一日一日が本当に長くって…
あ、でもここに通いだしてからは、やっといろんな事が見えてきたから…
…うん、楽しい事もね、たくさんあったよ。」

話ながら、かごめは井戸の中が覗けるところまで近付いた。
背後の開け放した扉から入り込んでくる外光のおかげで、薄暗いはずの祠の中でも、よく見える。
井戸の奥はさすがに暗い穴がぽっかりと口を開けているが、目を凝らして覗き込めば
底に敷き詰められた土や砂利さえも確認する事ができた。

「…井戸が繋がらないのは、私の気持ちのせい…なのかな…。」

今度は独り言のように、呟く。

井戸が消えて、暗闇の中に放り出されたあの時…
自分がいなくなった事で家族にも同じように、こわくて悲しい思いをさせていた事を後で知った。
今までも、年頃の若い娘が何日も家を空け、時には怪我をし、血がついたり、破れたりした制服を持ち帰るなどして
その度に一体どれほどの心配を家族にかけてきたのかは知れない。
現代に戻って来れた事、家族にまた会えた事…それを本当に嬉しく思ったのは、まぎれもない事実だった。
 

「私ね…あれからずっと考えてた。私が戦国時代に行った理由(わけ)…
四魂の玉が消えると、井戸が繋がらなくなった理由(わけ)…
…私が四魂の玉を消滅させる為に、戦国時代に行ったとするのなら
…もう、あっちの世界での私の役割は終わって……私が居る必要…なくなっちゃったのか…な…。」


ふいに浮かぶ懐かしい風景と、苦楽を共にしてきた大事な仲間達…
そしてそこに欠かす事のできない面影が呼び覚まされて、胸が苦しくなる。
目を閉じれば、瞼の裏側に広がる、赤と銀の世界。
その広い背中は、力強くって、温かくって、何よりも安心できた。
しがみつくふりをして、顔をうずめて吸い込んだにおいは、森とお日様のにおい…
その背に掴まって、風のように駆け抜け、同じものを見て、笑い合って、時には喧嘩して…
全ての戦いが終わっても、ずっと変わらず一緒に過ごしていけるのだと思っていた。

 

ーその先に待っていたのが、別れだなんて、考える事すらできなかった。

わけがわからないまま、気持ちを抑える術も知らず、ただ泣き尽くした日々…。


…また、負の感情に囚われそうになり、かごめは震える手で井戸の縁に手を掛けた。

「だから…私のすべき事が終わったから…これからもずっと自分の…この世界で…
何もなかったように…暮らせというの…?」

 

ー犬夜叉のいない…この世界で…ー

 

「…犬夜叉…」

 
…ごめん…ね…
ずっとそばにいるって約束したのに…

何度試しても、私、そっちに行けなかった…

…ごめんね…



「犬…やしゃ…っ」
 

会いたいよ

あんたに…

 

ー会いたいー



 

 

「…?」

ふっと、空気のにおいが変わったのを感じ、かごめは目を開けた。

頬を撫でる風…

かごめは身を乗り出して井戸の中を覗き込んだ。

「…!」

ヒョオオオ…

風は間違いなく、井戸の中から吹き込んでくる。

 

 

 

「…かごめ…」


開いた扉の外からかごめの母が遠慮がちに声をかけた。
振り返る事もなく、返事すらしないで、井戸の傍らに立ち尽くす娘の後姿を見て
母はゆっくりと祠の階段を下りてきた。
ーこの三年間、誰よりも娘の事を案じ、そばで見守ってきた母。
かごめが祠へ足繁く通う理由も、笑顔の下に押しやった涙も全てわかっていた。


「どうしたの…?」


気遣うようにそっと近付くと、優しく娘の肩を抱き寄せる。


「ママ…」


井戸の中をみつめたまま、かごめがポツリと呟く。


「空が…」


「…」


「ママ…私…」


「かごめ…」


娘がみつめている視線を目で追うと、ふわりと頬に暖かな風を感じた気が、した。


 

 

 


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