何度も望んだ
何度も願った

叶うものなら、今すぐお前のもとへ、と…

やっと逢えた
やっと捕まえた
もうこれ以上何も望まない

どこにでも連れて行ってやる
どんな我が儘も全部聞いてやるから
おれの背に乗って、またどこまでも行こう

 

…決めていたんだ
もしまた逢えたなら

今度こそ

言えなかった言葉を…




 

 

 

第八章

 

1.
 

落ちていく…

その出口へと引き寄せられる、感覚。
先に飛び込んだかごめが振り返り手を伸ばす。
行き着く先はわかっていても、もう二度と離れぬようにと
その手を掴んで体ごと抱きとめる。


二人一緒に帰ろう、あの場所へ…

 

 

 

「…わぁ…懐かしいにおいっ。やっぱりこっちは空気が違うわねっ」

地面に降り立ち、かごめが大きく深呼吸をする。
芽吹いた新緑のにおいを温んだ風が運んでくる。
目の前を二匹の白い蝶がからかうように飛んでいき、空には楽しげに囀る鳥たち。
遠くの山々は霞立ち、名も知らぬ木々が花を付け、その輪郭を曖昧に染めていた。

いつもと変わらない、見慣れた風景だった。
…変わらない日常の…色褪せた風景に、浮き立つような鮮やかなかごめの姿…。
そこだけが明るくて、穏やかで暖かい…
手を伸ばせば届くほど近くに、今はかごめがいる。

犬夜叉は改めてかごめをみつめる。
風になびく髪を耳にかけながら、辺りの景色を見渡して目を細める。
その何気ない動作からも目が離せない。


この三年間、狂おしいほどに願って、望んで、幻さえ見てきたのだ。
もう、どうにもならないのではないかと自棄を起こした事もあった。
…が、やっと願い叶ってこの腕に抱き、幻ではないと確信したのに…
この言い知れぬ不安は何なのだろう。
もう離れる事などないという確証は、どこにもないからなのか…。

次々浮かぶとりとめもない考えに支配され、どれくらいみつめていたのだろう。
じっとこちらを見ているかごめと目が合った。

「犬夜叉」

「…あ、あぁ?」

ふいに名前を呼ばれ、声が掠れる。
かごめは向き直ると、照れくさそうに笑って、言った。

「…ただいまっ」

その瞬間、色褪せて見えていた世界がぱぁっと明るくなり、視界が開けていくように感じた。
足りなかった日常、その欠けていた部分がぴたりとはまったような錯覚を覚え、犬夜叉は目を見開く。
かごめが傍にいるだけで…
目に映るものすべてが鮮やかに発色し、世界はこんなにも色で溢れていたのかと気付かされる。

ふと、手を握られ、犬夜叉は我に返る。
いつの間にか目の前にかごめがいて、犬夜叉の右手の甲をまじまじとみつめていた。

「…!」

はっとして手を引っ込めたが、遅かった。
やはりあの時、気付かれていたのだ。

「…その傷…痣みたいになってるけど…衣にもいっぱい血が……」

大丈夫?と心配そうに自分を見上げる大きな瞳に、犬夜叉は少しだけ罪悪感を覚える。

「…なんでもねぇ…っ掠り傷だ」

言い放ち、先程弥勒に説教された言葉が頭をよぎり、バツが悪くなる。

「離れていた間…私が知らない怪我もいっぱいあったんだろうね…」 

かごめは下を向き、悲しそうな声でそう言う。

「ほ…他のヤツにやられたりなんかしてねぇぞっ…これはおれが…っ」

言いかけて慌てて言葉を飲み込む。

「…ただの不注意だ。…そんな事より…お前の方は…」

犬夜叉はかごめの右腕に目をやる。

「…え、私?…怪我なんて別に…」

不思議そうに首を傾げるかごめに、犬夜叉は言葉を搾り出すように言う。 

「…奈落との最後の戦いの時だ…おれは…玉の毒気に心を喰われ…
かごめを…この爪で…っ」

記憶に焼きついたあの光景がまた甦る。
深紅に染まった鋭い爪先と、ヌルリと纏わり付く血の感触…
鼻先をかすめるその甘い匂いまでもがまざまざと思い出され、犬夜叉は震えそうになる拳を握り締めた。
 

 
「…ああ、あの時の…大丈夫よ、かすっただけだったから…」

かごめも当時の事を思い出していた。
…確かに、犬夜叉の爪で傷を負ったが、あれは仕方のない事だった。
傷が癒えれば痕も残らず、かごめ自身忘れてしまっていた。
…そんな事をずっと今まで気にしてくれていたのかと思うと、かごめの胸はいっぱいになる。

「すまねぇ…かごめ。…痛かっただろ…本当にすまなかった」

項垂れる犬夜叉にかごめは小さくかぶりを振り、労わるようにそっと告げる。

「うん、もういいから…」

かごめの言葉にやっと犬夜叉は顔を上げた。その様子を見て、かごめは優しく微笑む。

「…あのね、さっき祠の中であんたの手の傷見た時ね、あたし…なんか悲しくなったの…
今まで怪我したあんたをずっと手当てしてきたから…。
…なのにそんなひどい怪我した時、あんたのそばになんであたし、居られなかったんだろうって…」

「…かごめ…」

「だからね、あたしもっと強くなるからっこれからはあたしがずっと傍にいて、あんたを守…」

言い終わらないうちに強い力で抱きしめられ、かごめは犬夜叉のにおいに包まれていた。

「…そんであん時、祠ん中で強がってみせたのか…ったく…」

低く呟く犬夜叉に、かごめはむきになって言い返す。

「強がったわけじゃないわっ…いつも守られてばかりじゃダメって思ってたから、あたし…」

「…はぁ〜…変わんねぇな、そーゆーとこ」

犬夜叉は呆れとも降参ともつかないような顔をし、腕の中のかごめを覗き込む。

「いいか、お前を守んのは、おれがそうしたいからしてんだ。他のヤツには絶対ぇ譲らねぇ。
…ずっとだ。お前はもう何も背負い込まねぇでいい。もっとおれを頼って寄っ掛かってろっ」

「…」

「な…んだよ、その顔っ」

「…犬夜叉」

「おう?」

「…ううん、ありがとっ」

『ダイスキ!』と心の中で叫ぶと、かごめは犬夜叉の背中に腕を回す。
一瞬驚いたようにぴくりと体を強張らせ、犬夜叉はすぐまたしっかりとかごめを抱きしめた。
 



柔らかな午後の日差しの中、二人の鼓動が重なる。
ふわりと立ち上るかごめの髪の香りに、犬夜叉の頭の芯が痺れたように疼き出す。


とくっとく…っ
重なりを乱し、だんだんと早くなる自分のそれを誤魔化すように、犬夜叉はさらにきつくかごめを抱きしめた。

 

 

 

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