日暮れ前の街は、様々な人で溢れ賑やかな喧騒に包まれていた。
犬夜叉は、草太に借りた灰色のパーカーのフードを頭から被っていた。
そうしていると普通の人間となんら変わりは無い。
髪と目の色のせいで国籍不明だが、ハーフと言えばそれで通るだろう。
さすがに草太のGパンでは長さが合わず、下は緋色の衣に草履姿ではあるが、不思議と違和感はなかった。
先程から、すれ違う若い女性の何人かが犬夜叉を目で追ってる事に、かごめは気付いていた。
(…やっぱり犬夜叉ってかっこいいんだ。本当はモテるんだろうなぁ…)
戦国の暮らしで、犬夜叉が村の若い娘と接する事はあまりない。
いや、実は知らないだけで、犬夜叉に想いを寄せる娘がいないとも限らない。
…今まであまり考えた事がない事に思い当たり、かごめは段々と口数が少なくなっていった。
道沿いにある洋菓子店からは甘い香りが漂い、ガラス越しに店内を覗いてみると、数人がショーケースの前で
色とりどりのケーキを眺めている。
チョコレートケーキの種類も豊富なようで、カットされた濃い色のケーキが綺麗に並んでいた。
その横のテーブルには、リボンをかけられた箱が種類別に積まれている。
「…なんか、いたるところから甘ぇにおいがする…」
犬夜叉が鼻をひくひくさせる。
「あ、におい、キツイかな。ごめんね、そこに入るから、もうちょっと付き合って」
かごめは申し訳なさそうに言って、近くの建物を指差した。
自動扉から入るとその先は開けた空間があり、ホールごと催事場になっていた。
専門店のそれや、手作り用の材料・器具・ラッピングに至るまで、チョコレートに関する様々な物が陳列されている。
バレンタイン当日ともあって、どのスペースにも人だかりが出来ていて、男性客の姿も案外多く、熱心にチョコレートを
選んでいる人もいれば、既に専門店のロゴ入りの紙袋をいくつか提げている人もいた。
「…なんでぃ、今日は甘ぇもん食う祭でもあんのか?」
犬夜叉は物珍しそうにあちこち眺めている。
「…まぁ、そんなとこかな。…犬夜叉大丈夫?つらくない?」
かごめが心配そうに訊ねると
「おうっ慣れてきたから平気だ」
と、犬夜叉はニッと笑った。
かごめもホッとして、しばらくチョコを選びながら、店内をぶらぶらする事にした。
「…ねぇ、あの銀髪の…」
「…あ、外人?カッコイイ−…」
「髪キレイ…」
近くにいた制服を着た女の子達がチラチラとこっちを窺っている。
かごめは気にしない風を装っていたが、内心複雑な気持ちでいっぱいだった。
ハートの形の箱入りチョコを手に取ってみたものの、心ここにあらずで、無言のまま動かなくなってしまった。
するといきなり目の前に茶色い物が現れ、かごめは驚き身構えた。
…よく見るとそれはクマの形をしたプラスチックのマスコットで、下に付いた筒の中に、丸いチョコが入っているようだった。
「おれはかごめ以外の女に興味ねぇ」
あたかもクマがしゃべっているかのように、犬夜叉の声でクマが左右に動く。
かごめはぱちくりしながら、クマを持つ手をゆっくりと辿る。
どうやら犬夜叉がしゃべっていた事に間違いはないようだ。
「…なんか文句あるか」
クマを振り、照れたようなふて腐れたような、いつもの表情で犬夜叉が言う。
「…プッ……くくっあはははっ」
たまらなくなってかごめは笑い出す。
「…なんだよっ」
「だっだって…っらしくない事するから…っあははは」
思いっきり笑うかごめを見て、犬夜叉も口元を緩ませると、その笑顔を愛しそうにみつめる。
「…機嫌なおったんなら、とっとと用済ませっぞ」
クマをカシャカシャ振りながら犬夜叉が言う。
「うん…ごめんね」
気持ちを切り替えるように、ふうっと息をつく。
…やっぱり犬夜叉には敵わない…
心の中で呟くと自然にまた笑みがこぼれた。
「よし、じゃんじゃん買うわよーーっ」
店のかごを犬夜叉に持たせると、気合いも新たにかごめはチョコ選びに戻るのだった。