4.

 
 風呂から上がると、かごめはテーブルの上に用意しておいた包みを手に取った。
もう家族は皆先に休んでいる。
シンと静まり返った居間には、柱に掛けられた時計の秒針を刻む音だけが響いていた。
時刻は23時を過ぎている。…犬夜叉も先に寝ているだろうか…たぶんそれはないとは思うけれど。

 乾かした髪を整えると、かごめは二階へとのぼり、自室のドアノブをそっと回した。

「おう、終わったか」

案の定、犬夜叉は起きていて、かごめのベッドの上に胡座を掻いている。

「…ごめん、遅くなっちゃったね」

ベッドの下にもう一組布団が敷いてあるが、たぶん使うことはないだろう。

「かごめ今日、謝ってばっかだな」

犬夜叉が手を伸ばす。
誘われるままに手を取ると、ぐいと引かれ、当たり前のように腕の中に収まる。
犬夜叉はかごめの背に手をまわすと、鼻先をその髪にうずめた。

「…まだ、甘ぇにおいがする」

「あ、そうだ…コレ…」

かごめは持っていた包みを犬夜叉に渡す。

「…草太から聞いたと思うけど、今日はこういうの渡す日なの…」

封を開けると、袋の中に花型をした若草色の菓子が入っていた。

「抹茶味のクッキー…焼き菓子に白いチョコを挟んでみたの。これなら甘いもの苦手でも大丈夫かなって…」

犬夜叉はおもむろに一つ取り出して口に入れる。

「・・・・・・・甘ぇ…」

「…えーー…?」

「けど、うまい」

もう一つ取り出して口に放り込む。

「…よかったぁ」

かごめはホッとした顔をする。

「他にもあるんだけど、明日戦国(あっち)戻った時に渡すね。珊瑚ちゃん達の分もあるから、一緒に食べよっ」

「…あのな、かごめ」

犬夜叉は包みの上口を手で絞るとベッドの端に置き、向かい合わせのかごめの顔をじっとみる。

「…なぁに?」

「…そんな急いであっちに帰るこたぁ、ないんだぜ?久しぶりだし、もっとこっちでゆっくりしてぇだろ」

 奈落と戦っていた頃に聞いたのとは真逆の言葉に、かごめは戸惑う。

「え、…どうしてそんな事言うの…」

 帰りたいと口に出した事はなかったはずだった。確かに現代の事を思い出しはしたが、それより犬夜叉の傍に居れる
事の方が大事で、犬夜叉に会いたいと願ったあの日から「犬夜叉が居る戦国で暮らす」と、かごめは心に決めていた。
現代への想いを心の中に閉じ込めて、井戸に近付きさえしなければ、可能な限り犬夜叉と一緒に居られるはずだとさえ
思っていた。…なのに…

「かごめの気持ちもわかってる。…おれも一緒だからな。…けど、おれは…」

かごめの肩を両手で掴むと、犬夜叉は真っ直ぐな視線をかごめに向ける。

「かごめに無理しないでいて欲しいんだ。一生懸命なのもずっと見てきた。でも、かごめは現代(こっち)の人間だ。
こっちに家族も居る。…全部捨てて戦国(あっち)を選ばなきゃいけねぇ事なんて、ねぇんだ。」

「犬…夜叉…?何を…」

見つめ返すかごめの瞳が、不安な色を帯びて揺らぐ。
犬夜叉はその瞳を捕らえたたまま、静かに言う。

「おれが、かごめの傍に居てぇから…かごめが暮らしてぇと思う場所に、おれが行く」

瞬間、かごめは何も言えなくなった。
急に胸がいっぱいになり、嬉しさに涙が込み上げてきた。

「うーー…犬夜叉ぁー…」

緋の衣に顔を突っ伏して、かごめは泣いた。

「そうだ、泣いて全〜部吐き出しちまえっ…んで、その後は…笑ってくれよな」

泣き続け、震える肩に犬夜叉の優しい声が降ってくる。

 旅をしていた時とは違う。戦国に住むという事は、かごめにとって分からない事の連続だった。
…が、慣れない暮らしも楓や珊瑚やたくさんの人に助けられ、今までなんとかやってこれた。
そして何よりも犬夜叉がいつも傍にいたからこそ、乗り越えてこれた。

 一方犬夜叉は、何にでも一生懸命なかごめが、時折一人物思いに耽る姿を何度も見てきた。
現代の事を考えているのではないかとかごめに聞くと、ひどく慌てて謝りながら、自分を責める風でもあり、以来
その事について口に出す事を、お互いに避けるようになっていた。
 …犬夜叉自身、井戸への…かごめをまた失うのではないかという恐怖もあり、井戸を遠ざけてきたが、かごめが
悩んでいる姿を見過ごすことが出来ず、ようやく話を切り出してみたのだった。
 井戸は戦国と現代を確かに繋ぎ、それならまた行き来もさせてやれる、と、犬夜叉は思った。

 一緒に居てその笑顔を守りたい。そして、無理なんてさせずに、出来ればかごめに幸せだと感じていて欲しい、と
いつもそう願ってきた犬夜叉だった。

 かごめの背をさすってやりながら、先程発した言葉をもう一度頭の中で繰り返す。

 …戦国じゃなくても、どこででもいい。かごめと一緒に居られるなら、どんな世界でも…

 

 

 

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