「おう、終わったか」
案の定、犬夜叉は起きていて、かごめのベッドの上に胡座を掻いている。
「…ごめん、遅くなっちゃったね」
ベッドの下にもう一組布団が敷いてあるが、たぶん使うことはないだろう。
「かごめ今日、謝ってばっかだな」
犬夜叉が手を伸ばす。
誘われるままに手を取ると、ぐいと引かれ、当たり前のように腕の中に収まる。
犬夜叉はかごめの背に手をまわすと、鼻先をその髪にうずめた。
「…まだ、甘ぇにおいがする」
「あ、そうだ…コレ…」
かごめは持っていた包みを犬夜叉に渡す。
「…草太から聞いたと思うけど、今日はこういうの渡す日なの…」
封を開けると、袋の中に花型をした若草色の菓子が入っていた。
「抹茶味のクッキー…焼き菓子に白いチョコを挟んでみたの。これなら甘いもの苦手でも大丈夫かなって…」
犬夜叉はおもむろに一つ取り出して口に入れる。
「・・・・・・・甘ぇ…」
「…えーー…?」
「けど、うまい」
もう一つ取り出して口に放り込む。
「…よかったぁ」
かごめはホッとした顔をする。
「他にもあるんだけど、明日戦国(あっち)戻った時に渡すね。珊瑚ちゃん達の分もあるから、一緒に食べよっ」
「…あのな、かごめ」
犬夜叉は包みの上口を手で絞るとベッドの端に置き、向かい合わせのかごめの顔をじっとみる。
「…なぁに?」
「…そんな急いであっちに帰るこたぁ、ないんだぜ?久しぶりだし、もっとこっちでゆっくりしてぇだろ」
奈落と戦っていた頃に聞いたのとは真逆の言葉に、かごめは戸惑う。
「え、…どうしてそんな事言うの…」
帰りたいと口に出した事はなかったはずだった。確かに現代の事を思い出しはしたが、それより犬夜叉の傍に居れる
事の方が大事で、犬夜叉に会いたいと願ったあの日から「犬夜叉が居る戦国で暮らす」と、かごめは心に決めていた。
現代への想いを心の中に閉じ込めて、井戸に近付きさえしなければ、可能な限り犬夜叉と一緒に居られるはずだとさえ
思っていた。…なのに…
「かごめの気持ちもわかってる。…おれも一緒だからな。…けど、おれは…」
かごめの肩を両手で掴むと、犬夜叉は真っ直ぐな視線をかごめに向ける。
「かごめに無理しないでいて欲しいんだ。一生懸命なのもずっと見てきた。でも、かごめは現代(こっち)の人間だ。
こっちに家族も居る。…全部捨てて戦国(あっち)を選ばなきゃいけねぇ事なんて、ねぇんだ。」
「犬…夜叉…?何を…」
見つめ返すかごめの瞳が、不安な色を帯びて揺らぐ。
犬夜叉はその瞳を捕らえたたまま、静かに言う。
「おれが、かごめの傍に居てぇから…かごめが暮らしてぇと思う場所に、おれが行く」
瞬間、かごめは何も言えなくなった。
急に胸がいっぱいになり、嬉しさに涙が込み上げてきた。
「うーー…犬夜叉ぁー…」
緋の衣に顔を突っ伏して、かごめは泣いた。
「そうだ、泣いて全〜部吐き出しちまえっ…んで、その後は…笑ってくれよな」
泣き続け、震える肩に犬夜叉の優しい声が降ってくる。
旅をしていた時とは違う。戦国に住むという事は、かごめにとって分からない事の連続だった。
…が、慣れない暮らしも楓や珊瑚やたくさんの人に助けられ、今までなんとかやってこれた。
そして何よりも犬夜叉がいつも傍にいたからこそ、乗り越えてこれた。
一方犬夜叉は、何にでも一生懸命なかごめが、時折一人物思いに耽る姿を何度も見てきた。
現代の事を考えているのではないかとかごめに聞くと、ひどく慌てて謝りながら、自分を責める風でもあり、以来
その事について口に出す事を、お互いに避けるようになっていた。
…犬夜叉自身、井戸への…かごめをまた失うのではないかという恐怖もあり、井戸を遠ざけてきたが、かごめが
悩んでいる姿を見過ごすことが出来ず、ようやく話を切り出してみたのだった。
井戸は戦国と現代を確かに繋ぎ、それならまた行き来もさせてやれる、と、犬夜叉は思った。
一緒に居てその笑顔を守りたい。そして、無理なんてさせずに、出来ればかごめに幸せだと感じていて欲しい、と
いつもそう願ってきた犬夜叉だった。
かごめの背をさすってやりながら、先程発した言葉をもう一度頭の中で繰り返す。
…戦国じゃなくても、どこででもいい。かごめと一緒に居られるなら、どんな世界でも…