4-2.     -inuyasha side 独白-



 しばらくかごめの背をさすっていた。…最初は本当にただ、それだけだった…
…それが、さすってる指に、コレが当たるから…
…かごめが「ぶら」とか呼んでる、コレが。

 コツさえつかめば、こいつを外すのなんて、ワケはねぇ。
…だがこの状態で、泣いてるかごめにそんな事出来るかって…
つーか、外したらびっくりして泣き止むんじゃねぇか…ってのは、下手な言い訳にもなんねぇな。

 そうさ、こんな時におれは、欲情しちまって…
外した時のかごめの赤らんだ顔とか、触った時の感触さえ思い出しちまってた。

 だから、警告は、した。

「…いい加減、泣きやまねぇと…知らねぇぜ…」って。

さっきより泣き声は落ち着いてきたが、ガッチリおれを掴んだまま離れねぇ。
…加えて、この甘ぇにおい…本人は気付いてねぇが、これはかごめの肌のにおいだ。
白くて柔らかな…

 ああ、もう、限界だっ
 こんな薄い着物着て、上からちょいと捻れば片手で外せる。
責めるなら責めろよ。どんな罵声浴びようと、止められねぇもんはしょうがねぇっ

 おれはかごめの背を往復させていた手を止めて、指で狙いをつけた。…その時

「犬夜叉、ありがとう。」

顔を上げたかごめが、潤んだ目をしてにっこりと笑ったんだ。

…瞬間、おれの邪気は瞬殺された。
いや、浄化されたに違いねぇ…。

 それは、おれが好きなかごめの笑顔だった。
今の今まで猛り狂ってた邪なものがどっかへ消えて、代わりに何か温けぇもんが中に流れ込んできたみてぇで
おれは、穏やかな気持ちでかごめの頭を撫でちまってた。

 この笑顔をおれだけに向けて欲しい、何度もそう思った。…だがかごめは、誰にでも、村の男共にさえ分け
隔てなく笑顔で接する。
楓ばばあの処に薬草をもらいに来る男共が、かごめ目当てで来てんのもみえみえだっつーのに…

 …あーくそっ嫌なもん思い出しちまったぜ。
…かごめを他の男と会わせたくもねぇし、男共の目にも触れさせたくもねぇ。
誰とも会わせずに、どっかに閉じ込めて…おれだけを見て、おれだけの名を呼んで…

…そんな狂気じみた汚ぇ独占欲だけは消えきれず、いつもおれの中で燻ってる。

 こんな事考えてるとは、思いもしねぇんだろうな。今もこうして、こいつはおれを信用して、無防備に体を任せてる。

「…あのね、犬夜叉。離ればなれになった後に戦国(あっち)に戻れた時、もしかしたら、もうこっちには戻ってこれない
かもしれないって覚悟したの。…それに私の気持ちが揺れたりしたらまた井戸に影響するかもって思ったから、こっちの
世界の事はあまり考えないようにしてきたんだけど…でもね私、無理なんてしてないよ。毎日犬夜叉と一緒にいられて
とても幸せだから…」

見上げる真っ直ぐな瞳でそう語る。…おれは目眩がするくらいの幸福感に包まれていた。
…だけどそれを言葉には出来ず、見透かされねぇよう、いつものように逃げ道を探しちまうんだ。

「…ならいい。今日は疲れたろ、もう寝ろ」

素っ気無いおれの言葉を別に気にする風でもなく、かごめは体を離すと、小さなあくびをして素直に頷く。

「犬夜叉こそ疲れたでしょ。布団に入ってゆっくり寝て」

そう言って、自分とおれとに布団をかけて横になった。
おれがかごめの肩付近まで布団を引き上げてやると、かごめは、ふふっと笑った。

「明日、戦国(あっち)に戻ろうね」

かごめが笑顔のまま言うから、そんなに早くていいのかと聞き返したが、かごめの答えは同じだった。

「私たちの家は、あそこだもの」

…ああ。そうだな…。
おれはいつもするように、かごめの首に腕をもぐりこませた。
おれが、ずっと守っていく。…危険な事からも、他のヤローからも…

「なんか今日、犬夜叉優しい 」

腕枕に収まって、かごめがこちらを向いて言う。

「…必死だからな 」

「え?」

「かごめが他のヤローに目を向けねぇか、気がきじゃねぇ」

「はぁ?何言って…」

「…知らねぇだろ、村の男共がどんな目でお前ぇを見てるか 」

「…えー…?それはナイよ 。だって、必要な事しか話さないし、皆用事が済んだらすぐ帰るし」

かごめは小さく首を振る。…はー…それはおれが必要以上に近寄らせねぇからだっ
…ったく、なんでこんなに自分の事には鈍いのか …
今更どうこう言ってもしょうがねぇから、おれは諦めてため息をついた。

「いーじゃないっ私も犬夜叉にしか、興味ないんだから」

言って、舌をペロッと出す。それは昼間おれが言ったのと同じ言葉だった。

あー…もう…めちゃくちゃ抱きしめてぇ…っこいつ、おれをどこまで溺れさせれば、気が済むんだっ

おれは布団の中でかごめの体を抱き寄せる。
かごめはおとなしくしていたが、やがて、静かに言った。

「…ね、さっき、私が泣いてる時、何かしようとした?」

な…っ

「…なんか、犬夜叉の手つきが…やらしかったから…」

「んだよっやらしーって!背中さすってやってただけだろっ」

「…だよね、ごめんっ」
 
「…かごめの方こそ、変な気起こしたからそんな事言ってんじゃねーか?」

おれは問題をすり替えて、かごめの出方を楽しむ事にした。

「違っ私は…っ…もう知らない…っっ」

かごめはおれに自由を奪われたまま、赤い顔で俯く。
…こういうところも可愛くて仕方がない。
おれは、かごめの顎をとらえ、少し上を向かせると、その唇に自分の唇を重ねた。
しっとりと柔らかい感触に体が疼きだすのを覚え、舌を入れるのを寸でのところで堪える。

「…安心しろ。ここでは抱かねぇから」

言った途端、かごめはビクッと体を硬くし、再び下を向いてしまった。…自制のつもりで言ったのに
おれの体はその先を望んで熱を帯びていく。
…かごめが悪い。いちいち煽るような反応するから…
おれは、さらに絡みつくようにかごめに体を押し当ててやった。

「…あの…犬夜叉…あんまり…」

それきり、かごめは何も言わなくなった。されるがまま、抵抗もせずに。

…あたってるだろう。いやあててんだ。きっとかごめはあまりの恥かしさに、声すら出せないでいるのだろう。
…二言はねぇ。抱かねぇと宣言した手前、手を出すわけにもいかず、行き場のねぇ熱を持て余す事しか出来
なかった。
…かごめは黙り込んだまま、動かない。
困らせすぎたのだろうか…。
 
「…あたってるとか言いてぇんだろ?…しょーがねぇだろっ好きな女とくっついてて勃たねぇわけねぇっ」

もうヤケクソで、つい本音が出ちまった。…ああそうさ、好きで好きでたまんねぇんだっ文句あっか

…だがかごめは、ウンともスンとも言いやしねぇ。
…聞こえなかったわけはねぇはずだ。今お前を好きって…

 そこでおれは、ハッとした。そして、同時に嫌な予感もした。
これは…この流れはもしや…
おれは、そぉっとかごめの顔を覗き込んだ。

…寝てやがる!

そうだ、こいつはそうなんだった…っ…過去の数々の苦い想い出が頭をよぎる。
あん時も、こん時も、大事な話をしてる途中で…おれ一人盛り上げさせといて…っっ

なんなんだよっ人がせっかく好きだって言ってやったのに…っ

悔しいような、でもどこかホッとしたような…いやいや、おれは怒ってんだぜ?
つか、先に寝られたら、この後どうすりゃいいんだ?…この疼きと熱を…
…人の気も知らねぇで…満足そうな顔しやがって…

恨めしい気分でかごめの寝顔を見ていると、ふいにかごめが口を開く。

「犬やしゃぁ…だぁいす…き…」

…寝言か?…おれの夢見て、そんな幸せそうな顔して…
〜っんだよ、そんな事言っても…許さねぇかんな…っ
…一人で悪態ついても、虚しいだけだが…





…くそっ

「…今日だけ特別だっ…伝える日らしーから、言ってやったんでぃっ」

おれは苦し紛れの言い訳を捨て台詞に、かごめから体を離し天井を仰いだ。

『犬夜叉、大好き』

先程のかごめの言葉が頭に浮かぶ。

…どんな顔して、言ってくれるんだ?…かごめが起きてる時に、ちゃんと聞きてぇ…

 相変わらず、体の芯は疼いたままだったが、不思議とおれの気持ちは満たされていた。

…やっぱりかごめには、敵わねぇな…
…一生、敵う気すらしねぇ…。そう思うと自然に笑いが込み上げてきた。

「明日、あっち戻ったら、覚悟しとけよ」

すやすやと寝息を立てるかごめに向かって独り言を呟くと、おれは目を閉じた。

 …だが実際、この生殺し状態では、一睡もできそうにないだろう…。
朔の夜より、夜明けを待ち望んでいる自分がいる。
 朝まで、あとどれくらいだろうか。…考えるだけで、おれはいたたまれない気持ちになった。

 

 

 

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