5-1.
 

「二人共、体に気をつけてね」

「かごめの手作り菓子、美味じやった…っまた…またすぐにでも帰ってくるんじゃぞー!かごめぇぇぇっ」

「…もう、じいちゃん、血圧上がっちゃうから。犬の兄ちゃん、また来てね」

三人に見送られながら、犬夜叉とかごめは井戸へと飛び込んだ。
来た時と同じように、ぴたりと寄り添って…。



 着いた先は戦国の地。
昨夜も雪が降り続いていたのだろう。見渡す限りの銀世界は朝の柔らかな日差しを受けて、どこもかしこも
キラキラと光り輝いていた。

井戸の高さまで積もっている雪を見て、犬夜叉はかごめに背を向けてしゃがむ。
「乗れ」の合図に、かごめが犬夜叉の背に身を預けると、犬夜叉は雪をものともせずに、軽やかに走り出した。

「こっちは随分降ったみたいねー。でも、お天気よくなってよかった」

「どうするか?一度帰るか?」

「あ、その前に楓ばあちゃんとこに寄ってもらえる?」


 雪化粧した森を抜け、村の集落につくと各々の小屋の前では雪掻きが始まっていた。
かごめが楓の小屋にいる間、犬夜叉は屋根に飛び上がり、積もった雪を拳で払い落としていた。

 それを見ていた村人が、ウチもウチもと犬夜叉に雪下ろしを頼み込む。
犬夜叉はうんざりしたような顔をしながらも、鉄砕牙を抜くと、刀の風圧で雪をなぎはらっていった。

「…なんか、外が騒がしいけど、犬夜叉…ん…!?」

小屋から顔を出したかごめが見たのは、野菜や魚、団子等までも両手いっぱいに持った犬夜叉の姿だった。

「…村の奴らが、雪下ろしの礼だと…」

「…すごいじゃない、犬夜叉。…こんなにたくさん、わー鍋パーティ出来るねっ」

 早速楓にも分けた後、家路へと急ぐ。
 案の定、戸口は雪に埋もれ、出入りさえしづらい状態になっていた。
雪掻きから始まり、屋根や周辺の雪を、犬夜叉はせっせと片付けていく。

 我が家へ戻れば、やる事が目に付き、洗濯や、昼餉を挟んで所用を済ませるともう日も傾き始め、結局弥勒達
を訪ねたのは夕方近くになっていた。
 快く出迎えてくれた珊瑚にかごめは友チョコとチョコレートマフィンの入った袋を渡し、弥勒にはお酒入りのチョコ
を渡す。双子はかごめが作った珍しい焼き菓子に喜び、夢中でたいらげた。

 その後、かごめと珊瑚はおしゃべりしながら夕餉の仕度を始め、弥勒と犬夜叉は囲炉裏を囲んで子供らと遊ぶ。

「…あっちの世界には、いろんな物があるんだね。…こっちは不便じゃないかい?」

珊瑚から聞かれ、野菜を切っていたかごめは手を止める。
もちろん、ガスも電気もない暮らしは不便なのは確かだが、そういうものだと割り切ってしまえば、慣れて案外
適応出来るものでもあった。…そこに至るまでが、大変だったのだが…。

「…不便じゃないって言えば嘘になっちゃうけど…」

かごめは珊瑚の方を見る。こうやって一緒に話しながら料理したり、いろいろ教えてもらったり…友であり、姉のよう
でもある珊瑚はかごめにとって、とても大事な頼れる存在であった。

「…今は普通に暮らせるようになったから…ふふっ珊瑚ちゃんや皆のお陰ねっありがとう」

素直に気持ちを表すかごめに、珊瑚も照れ笑いで返す。

「そんな礼なんて、お互い様だろ。…でも、それなら安心したよ。犬夜叉ともうまくいってるんだろ?」

珊瑚がこそっと囁く。

「…うん、優しいし…なんかくすぐったいような感じ」

かごめが小声で呟くと、珊瑚が笑って、犬夜叉には聞こえないように耳打ちする。

「幸せってことだね、よかったよ。あ、でも村の男と話をする時とか気をつけなよ。犬夜叉、もの凄い殺気立って
見てる事あるから」

「え…あはは…昨日そんな事犬夜叉も言ってた…。気をつけるも何も、私はそんなつもりもないし…」

「だよね。でも…嫉妬の鬼だから…かごめちゃんが他の男と話すのさえ、気に入らないのさ」

「…はー…うん、これから気をつけるね」

 …時々異常なほどに心配してくれる犬夜叉を、どうやったら安心させる事が出来るのだろうと、考えてはみたが
答えはみつからない気がして、かごめは小さくかぶりを振った。


 出来上がった鍋と惣菜は具沢山で、皆で囲炉裏を囲むと賑やかな夕餉が始まった。お腹いっぱいに食べた子ら
は満足したのか先に寝てしまい、すると弥勒がどこからか酒の入った大きめの徳利を持ち出してきた。

「どうだ犬夜叉、久しぶりに」

「…ついこないだもそう言って飲んでたよなぁ」

「まぁ、そう言うな。いいから付き合え」

言いながら、弥勒は杯代わりの湯呑みに酒を注ぐ。犬夜叉は最初渋々舐める程度だったが、弥勒にのせられどんどん
呷(あお)っていき、いつの間にやら二人の間で飲み勝負が始まっていた。

「男なら、これぐらいで酔ったなどとは…」

「ったりめーだっまだまだこれからだぜっ」

珊瑚とかごめが止めに入るが、聞きやしない。
そのうち弥勒がかごめからもらった酒入りチョコをゴソゴソと開け食べ始めると、犬夜叉が横取りしてガバッと口の中
へと放り込んだ。

「…わ、コレ結構アルコール度数高いのよっ!…ちょっと、犬夜叉それぐらいでやめといたら…」

「っ…んだよ、おれが負けてもいいってのかっ」

わけの分からない事で絡まれそうで、かごめは諦めてもう放っておくことにした。

 その時、ふいに戸口で音がして、寝ていた幼子がぐずり始める。

「誰か来たのかな。珊瑚ちゃん、私が出てみるね」

立ち上がりかけた珊瑚に言うと、かごめは戸口まで行き、戸を開けた。

 外には一人の男が立っていた。開いた扉に大層驚いた様子で、応じたかごめを凝視する。
その顔には見覚えがあった。何度か楓の小屋へも訪ねてきた男で、この近くに所帯を構えていると聞いた事があった。

「…あの、何か…?」

かごめが聞くと、男はハッとして、次に慌てて笑顔を作る。

「…巫女様がおられるとは存ぜず…。いやはや、こないだの薬は良う効きまして、若いながら巫女様のお見立ては素晴ら
しいと、村でも評判になっとるんで…へへへ…」

いかにも人の良さそうな笑い顔で誉められ、かごめもつられて笑顔で返す。

「あ、いえ私は楓ばあちゃんに言われた通りにしているだけで…っでも、薬が効いたのならよかったですね。
…で、今日は何か…?」

促されると、男は顔を少し曇らせて言った。

「…オラんとこの赤子が熱出して…もし熱冷ましがあるなら分けてもらえねぇかと、遅くに申し訳ねぇんですが…」

すると珊瑚が「ちょっと待ってな」と言い、幼子をおぶって小屋の隅の物入れから小さい包みを取ってくると、男に渡した。

「大変だね、ウチにちょうどあったから、持って行きなよ」

包みを受け取ると、男は礼を言って頭を下げた。そして踵を返す瞬間、ちらりとかごめを見ると、またぺこりと頭を下げて
足早に出て行った。

 珊瑚とかごめが座に戻ってくると、犬夜叉が小さく舌打ちをする。

「…あんにゃろ、またイヤな目付きでかごめを見てやがったな。この前釘刺してやったばかりだってーのに、痛ぇ目見ねぇ
とわかんねーのか」

「犬夜叉、あいつは珊瑚の事もいつも色目使って見てるのだ。一度ぶっ殺しといたが良さそうだな」

酔いがまわり始めたのか、男二人は物騒な相談をしている。

「…珊瑚ちゃん、今の人別に他意はなさそうだったし、本当に困って訪ねて来たんだと思うんだけど」

「ああ、赤ん坊が具合い悪いんなら大変だろう。…夜だから、戸を叩くのも遠慮したんだろうかね」

それを聞いた犬夜叉は吐き捨てるように言う。

「…ケッどうだかな。ハナっから盗み見してたのを、うっかり音立てちまって慌てて子供をダシに使ったのかもしれねーぜ?」

「…確かに。昔から、おなごが身ごもっている時と赤子が生まれた時に男は浮気をすると言うし…はっイヤイヤ、私は違うぞっ」

「…へぇ…」

「珊瑚っだから誤解だとっ…私は物の例えとして…っ珊瑚…っ」

「…そうかい、知らなかったよ法師様」

「待て待て珊瑚っ…本当はわかっておるのだろう?珊瑚…」

「珊瑚ちゃん、弥勒様っ…もう、犬夜叉どうしたら…」

助け舟を求めて振り返ると、犬夜叉はちょうど手にした湯呑みの中身を飲み干している最中だった。
コンっと空の湯呑みを置く音を響かせ、犬夜叉は立ち上がった。

「そろそろ帰るか」

低く呟くように言うと、戸惑うかごめの肘を掴み、強引に立たせる。

「じゃ、またな。…弥勒、珊瑚、邪魔したな」

そう言うと、犬夜叉はかごめの肘を掴んだまま、戸口まで連れ出す。
後ろから心配そうな珊瑚の声が聞こえるが、犬夜叉は構わず歩く。

「犬夜叉…っ痛いっどうしたの?ねぇ」

土間でかろうじて履物をつっかけると、引っ張られるままに外に出た。
そこで腕を離した犬夜叉は、黙ったままかごめを胸の前で横に抱きかかえると、風のように速く駆け出した。
いつもと違った様子に、かごめは不安を覚え、犬夜叉を見上げる。

「…ね、一体どうしたの?黙ってないで、ちゃんと教えて?」

かごめの問いかけに、やっと犬夜叉がこちらへと目を向ける。
その目からはまるで感情が読み取れず、怖くなるほどに静かな光を宿していた。
かごめが何かを言おうとすると、犬夜叉が言葉を遮った。
 
「…教えてやるよ。男がどんな目でお前ぇを見てるかを…」

 

 

 

 

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